昭和十五年二月、民政党の斉藤隆夫議員は代表質問に立ち支那事変を推進する陸軍を批判した。すでに足かけ四年が経過し、十万以上の戦死者を出し、終わる見込みはなく、莫大な予算を浪費して、得るところがない。陸軍は痛いところを突かれた。

この斉藤隆夫を弾圧したのは軍部ではありません。なんと議員であり、議会です。衆議院本会議で斉藤隆夫議員は除名されてしまいます。その理由は「聖戦を侮辱した」というものです。

この時期、衆議院議員の大多数は軍部に追従していた。そして、その背後には議会に失望し、軍部に期待する民意があった。日本の民意は、話し合いばかりでグズグズしている議会より、軍部という英雄に期待したわけです。ワイマール憲法下のドイツから独裁者ヒトラーが生まれた状況に似ています。

民主主義が独裁者を生むことがある。これこそが歴史の教訓です。軍部の暴走は、議会の自殺がもたらした結果に過ぎません。そして、議会の自殺をもたらしたのは民意です。