戦後に広まったいわゆる極東裁判史観とは、正確に言えば、極東裁判検察史観である。しかし、検察側の言い分だけが幅をきかせるというのはバランスに欠けている。極東裁判弁護史観というものがあってしかるべきである。

極東裁判では、検察側の提出する証拠は信憑性に欠けるものでも何でも証拠採用される一方、弁護側の証拠は容易に証拠採用されなかったという。このことだけを見ても極東裁判が、裁判の名に値しない見世物であったことがわかる。公開処刑のようなもので、占領軍のやったことは今日の北朝鮮がやっていることと大差ない。

幸いなことに証拠採用されなかった弁護側資料は残されている。弁護側資料に立脚した極東裁判弁護史観が構築されても不思議ではないし、やらねばならないのではないかとさえ思う。