傲慢な読者というのは私のことです。

私が初めて吉田満著「戦艦大和の最期」を手にしたのは中学三年の時でした。まだ若すぎた私は難解な文体に歯が立たず、一頁も読まないうちに放り出してしまいました。

それから何十年も経過して、すっかりオッサンになってから読んだのが吉田満著「提督伊藤整一の生涯」でした。とても読みやすい文章でしたが、その内容に私は失望しました。私が期待していたのものとは違ったからです。戦艦大和に搭乗して特別攻撃に参加した経験のある著者の肉声のようなもの、あの当時の日本人の生の気持ちがどんなものだったのか、そんな内容を私は期待していました。でも、そのような内容ではありませんでした。

(なんだ、こんな文章なら戦後生まれの作家が書いても同じじゃないか)

こんな感想を私は持ちました。片道特攻の英雄も、戦後数十年を経てすっかり戦後民主主義者に変わったのだなあ、という感想でした。

(ああ、オレは傲慢だった)

そう思い知らされたのは、それからさらに数年して江藤淳著「落葉の掃き寄せ」を読んだ時です。同書によれば占領期の日本は占領軍による厳しい情報統制下にあったそうです。日本国憲法さえ占領軍の下書きどおりにつくらされたのです。江藤淳氏は、米国の図書館に残された膨大な占領軍の行政資料の中から、その証拠資料を発掘しました。三十項目にも及ぶ検閲基準があったといいます。

さらに江藤淳氏は、占領軍の検閲によって葬り去られた吉田満氏の文章を発掘してくれました。世に出ることのなかったオリジナル版「戦艦大和の最期」です。このオリジナル版は占領軍の検閲にひっかかってしまったため、日の目を見ませんでした。それでも生き残った義務感から吉田満氏は作品を世に出そうとし、何度も書き直しを余儀なくされたようです。そして、ようやく「戦艦大和」を世に出したものの、出版後に編集者が占領軍に呼び出され、散々に譴責されたそうです。中三時代の私が読んだのは、吉田満氏が何度も書き直した揚げ句、やっと占領軍がいなくなったおかげで世に出た「戦艦大和の最期」だったようです。無知だった私は、吉田満氏が直面した当時の苦労の数々をまったく知らなかったのです。

文才に恵まれていたにもかかわらず、吉田満氏は筆を折ったそうです。なぜ筆を折ったのか。その理由を私は知りません。しかし、おそらく検閲に苦しめられた経験が一因だったに違いないと私は想像します。「戦争讃美の小説だ」という国内からの批判もあったようです。その後、長い時間をかけて吉田満氏は戦後の日本の社会に適応し、ゆっくりと戦後民主主義者になっていったのでしょう。人間は環境に適応して生きているのです。無理もないのです。無知な私が傲慢でした。

誠にありがたいことに江藤淳氏は、占領軍によって没にされたオリジナル版「戦艦大和の最期」を世に出してくれました。長編詩の形式で書かれた文語体のその文章を読んで、私は納得しました。自分が読みたいと感じていたのはこれだと思いました。その末尾は次のように締めくくられています。

「至烈の闘魂、至高の練度、天下ニ恥ジザル最期ナリ」