大日本帝国がなぜ滅亡せねばならなかったのか。その理由を自己解剖によって解明しようとする努力はもちろん必要であろう。戦後の日本人は、すでに過剰なまでに自己を解剖し尽くし、自虐的に自己を否定するまでになっている。これはやり過ぎといってよい。世界史的な出来事の総ての責任を自己に帰するという態度は立派といえば立派だが、歴史の現実を理解するためには片手落ちといわざるを得ない。
あたりまえだが大東亜戦争には敵国がいた。列強諸国の様々な圧迫は幕末から継続し続けた。支那大陸には軍閥政府が割拠しており、政情は不安定だった。ルーズベルト、チャーチル、スターリン、ヒトラー、蒋介石など各国の指導者が何を考えていたのか。それをも解剖せねば、戦争が発生した原因を解明でき派はしない。あの時代、世界の常識は帝国主義と人種差別だった。その常識は欧州を起源としてアフリカやアジアや太平洋に波及した。この世界史的状況の中で日本だけが白人国家の対抗し、人種平等を主張した。こうした世界史的状況を前提としない限り、歴史理解は不可能であるに違いない。世界的な出来事の責任の総てを日本だけに帰属させる議論は、あまりに自己完結的な閉塞思考である。馬鹿げてさえいる。世界を自分だけで動かしているつもりなのだろうか。裏返せば傲慢でもある。あたりまえだが歴史理解のためには、自己解剖とともに他己解剖が不可欠なのである。
戦後の日本人は、過剰なまでに自己解剖ばかりを行なってきた。おそらくは日本人の内省的性格に加え、占領軍の洗脳が作用しているのであろう。自己解剖のみが過剰になり、自虐史観にまで陥った。しかし、いくら自己解剖ばかりを追求しても歴史は理解できない。いいかげんに迷妄から目を醒ますべきである。日本人が行なうべきことは相手国の解剖である。アメリカ、イギリス、ソ連、支那、ドイツ、オランダなどの国々の利害と野望、各国指導者の戦略がどのようなものだったのか。それをこそ解剖し、その野心と謀略を白日の下にさらすべきである。
「日本人が外側からの脅威に対応する態度をなぜ決められないかについて、じつは深い深い歴史的な理由があるのではないかと考えている。・・・日本人が外国に対してなんらはっきりしたイメージを持っていないことが、根本の原因ではないかという気がする」(「岡田英弘著作集 Ⅰ歴史とはなにか」より)
あたりまえだが大東亜戦争には敵国がいた。列強諸国の様々な圧迫は幕末から継続し続けた。支那大陸には軍閥政府が割拠しており、政情は不安定だった。ルーズベルト、チャーチル、スターリン、ヒトラー、蒋介石など各国の指導者が何を考えていたのか。それをも解剖せねば、戦争が発生した原因を解明でき派はしない。あの時代、世界の常識は帝国主義と人種差別だった。その常識は欧州を起源としてアフリカやアジアや太平洋に波及した。この世界史的状況の中で日本だけが白人国家の対抗し、人種平等を主張した。こうした世界史的状況を前提としない限り、歴史理解は不可能であるに違いない。世界的な出来事の責任の総てを日本だけに帰属させる議論は、あまりに自己完結的な閉塞思考である。馬鹿げてさえいる。世界を自分だけで動かしているつもりなのだろうか。裏返せば傲慢でもある。あたりまえだが歴史理解のためには、自己解剖とともに他己解剖が不可欠なのである。
戦後の日本人は、過剰なまでに自己解剖ばかりを行なってきた。おそらくは日本人の内省的性格に加え、占領軍の洗脳が作用しているのであろう。自己解剖のみが過剰になり、自虐史観にまで陥った。しかし、いくら自己解剖ばかりを追求しても歴史は理解できない。いいかげんに迷妄から目を醒ますべきである。日本人が行なうべきことは相手国の解剖である。アメリカ、イギリス、ソ連、支那、ドイツ、オランダなどの国々の利害と野望、各国指導者の戦略がどのようなものだったのか。それをこそ解剖し、その野心と謀略を白日の下にさらすべきである。
「日本人が外側からの脅威に対応する態度をなぜ決められないかについて、じつは深い深い歴史的な理由があるのではないかと考えている。・・・日本人が外国に対してなんらはっきりしたイメージを持っていないことが、根本の原因ではないかという気がする」(「岡田英弘著作集 Ⅰ歴史とはなにか」より)