「萩往還(少しだけ)踏破!その2」になります。

「その1」からお読み頂ければ嬉しく思います。




萩から山口の間の平野部に、佐々並市と同様に、萩往還の宿場町として栄えた明木(あきらぎ)という集落があります。


明治半ばの大火により、江戸時代の建物がほぼ焼失してしまったため、重伝建に指定されてはいませんが、宿場町としての町並みの雰囲気は今でも残っています。


少し写真を撮ってきましたので、見て頂ければと思います。



大火で江戸時代の建物は焼失したとは言え、長い一本道を挟んだ二階家の並びが、かつての宿場町の面影を感じさせます。



この川を吉田松陰も眺めたかもしれません。






ここから右へ曲がると、以前ブログでも紹介した重伝建の佐々並市へと続きます。


こんな道標も。



一升谷入口とあります。
一升谷とは、その山道を登るのに豆を一升食べるほどに険しい峠道を表している言葉だそうです。

大変な道だったんですね💦


この明木を後にして、どんどん山へと入っていく萩往還です。


暗く険しい山道を越え、山口、そして三田尻へと、萩往還は続きます。



ここまでご覧くださり、ありがとうございました!