先日、母の日が
母の誕生日でした。




5月10日が誕生日の母は、
その年によっては母の日と誕生日が重なったりする。







実家の近くに、
美味しいお寿司屋さんがあって



母の誕生日や
父の誕生日は
よくそのお寿司屋さんに行く。









ここ数年は、
わたし自身の支払いが大変だったこともあり


お祝いするのが
金銭的にキツいな。。大泣きと
そう思うことも
何度もあった。






そして、
母がわたしに無理をしてまで祝って欲しいわけではないことも
分かっている。






その時の状況によって

「何でわたしが」とか
「何でわたしばっかり」とか
不満な気持ちに
心や頭がいっぱいになることもあった。







ただ、

父も母も
年老いてきて

ふと
「あと何回
こうしてお誕生日を一緒にご飯を食べて過ごせるのだろう」

そんなことを思うようになった。








4月の終わる頃

電話で、母が
娘に洋服を買ったよ

と言ったあと


「由香にもバッグを買ったよ」と。




えーーおねだりラブラブ
嬉しいおねだりラブラブラブラブ


ってなり、


母が家に持って来てくれた。






そのときもだったけど
最近、母に会う度に思う。



痩せたな。と




そして、よく
手が震えている感じがして

運転が心配だな。と








5月で73歳になった母。


誕生日当日は

「37歳になりましたニコニコ飛び出すハート
去年は27歳だったんだけど、
10歳ずつ歳とっていくわ~」って


73歳を逆にして
37歳と言っていたけれど




「体はボロボロだし、
70代で亡くなる人も多いから
お母さんもいつどうなるかな」と

会う度に言ってくる。







そして、

その度に
元気に健康で
長生きして欲しいな。と思う。







たくさんのことを話すわけではない

たくさん
しょっちゅう会うわけではない


それでも
存在してくれるだけで
たくさん安心をもらっている。







10日は、
今年もまた
お寿司屋さんに行くことになった。





ただ、
めちゃめちゃ激混みだから

オープン時間の17時には待ち合わせよう!と母が言っていて
16時過ぎからお店に並んでくれていた母。






息子も大好きなお店だから、
楽しみにしていたものの


遊びに行く約束を友達としていたようで
16時半にはお家に帰ってきたらいいねニコニコと話していたけれど



案の定、、
待てど暮らせど帰ってこない爆笑爆笑







連絡取り用がなく
ちょっと探しに行ったものの居なくて
待つしかなく



旦那さんは
「もう置いていくぞ!ムキー」と何度も言っていたけれど



母に電話でそれを伝えると
「えーー!えーん
待っててあげてよえーん
お父さんとゆっくり食べてるから」
と





板挟みになりながら、
息子が帰って来たのが18時前笑い泣き






何だかんだとありつつ

みんなでお母さんとご飯が食べれました泣き笑い








ただ、
人数が多いとお金がかかること

そして、
父がほんっっとよく食べること泣き笑い

それを母も気にしているようで




ご飯を食べながら
わたしに6千円渡してきた。





そしたら、
旦那さんがそれを頑なに拒否して
母は渋々お金を財布に戻した。








メインで払うの
わたしだけどなー、とも思ったけど




今は
損するというよりも


家族といえども
今しか出来ない経験に支払ってる。という感覚があって



そこに支払えるなら
それが嬉しい。とも思う。





これは
じわじわと年月をかけて
変化した感覚のように思う。






みんなで食べれてホッとして
支払いを済ませて外に出た瞬間




母が
誰にもバレないように
わたしの手にお金を握らせてきた。








結局、結局、
食事のときに渡しそびれたお金を
わたしにくれた。





母の誕生日なのに。
母の日なのに。






母と普段あまりラインもしないけれど、

帰ってから短いラインを送ったら









“由香もしっかり食べなさいよ”

と。








ご飯は、
わたし自身よりも
子ども達や旦那さんに優先していること

言わなくても
母には分かるのだな、、と感じた。









年齢を重ねても
子どもは子どもだよね。😂









母は
わたしがだいぶ前に
母の誕生日に買った財布をずっと使ってくれてて





また何かプレゼントもしたいと思うし

母が動ける今出来る経験を
一緒にもしたいな。とも思う







年齢を重ねたからこそ
当たり前に感じていた

一緒に過ごせる時間や
経験出来ることや
与えてもらうものが
与えるものが

とても尊く
愛おしいような
泣きたくなるような

そんな感覚の中にいます。