(前回の続きです)
目元のくっきりと刻まれた皺や
肌の変化。
どうしたって、生きていたら
年齢は積み重なっていく。
1月になって、
20代のスタッフが5人お店に来てくれたこともあり、
比べる。というよりも
目の当たりにして、自分が40代という事実も
改めて実感する日々でもあった。
それは、体力的にも
見た目的にも。
やらないと。と思う美容はしんどいけれど、
環境の変化も重なった、体の疲れや
鏡に映った自分の老化を感じたとき
自然と
頑張った自分を
労い
労りたいな。と思った。
そんなタイミングだったのだと思う。
ずっと、一緒に頑張ってくれてるスタッフの子が、
わたしの誕生日に
「使えるものを!と思って!
おすすめのパックです」
とプレゼントしてくれていた中にあった
使って
ひたひたに肌に染み込んでいって
潤って
とても
癒され
満たされた。
放置したままのアイテムもあって
目元に使っていくと
だんだんと
くっきりの皺も
和らいでいった。
消すことが目的ではなく、
あるならあるで
それごと
まるごと
慈しみたい。と思った。
見た目に変化を表すため、というより、
そうやった時間をわたしにかけることが
余白を生む感覚だった。
ただ、
化粧をすると
仕事中は
接客中マスクをするため
マスクの中で
めっちゃ化粧がよれる
乾燥する。。
数年、
ブログにもいつか書いた
バイユアを使ってきたけど、
見直すべきなのか?
わたしに合うものを探すのがいいのか?と思って、
久しぶりにChatGPTを思い出して、
そのことを聞いてみた。
そしたら、
話す中で
わたしの理想とする肌も問われながら
透明感を出したいとか
潤わせたいとか
化粧崩れが悩みとか
引き出してもらう中で
付けすぎかも
付け方を変えたらいいかも
ということに辿り着いた。
使うアイテムは、
持ってるバイユアのままで
使う量を半分にしてみたら?
もしくは、顔の場所によってはほぼ塗らない
ということに辿り着いた。
隠すこととか
塗って白く見せるとか
そっちに寄ってたから
えー
怖っ!!
と思ったんだけど、
そう言われた
次の日
下地をいつもの1/3
ファンデーションもうっすらと
仕上げの粉は
手の甲で一度落として
いつもの1/3ほど乗せる
というやり方をしてみた。
そしたら、
むしろ肌は透明感があって白く
肌心地は軽くて気持ち良く
何より、
1番ストレスだった
仕事中のマスクの中の化粧崩れやよれが
無くなった。
それが1番衝撃で、
そして、嬉しかった。
引っ越しも重なったこともあり、
色んなものを
改めて見つめて
捨てたり
手放したりしてもいて
生き様とリンクするように
今のわたしの輪郭に沿うように
削ぎ落とし
労い
癒し
満たしている
そんな時。
じゅうぶんに
足りている
余分なものだって、きっと
気づかないうちにたくさん増えていった
それを削いでいく時。
どれも、
わたしの今とリンクして
今のわたしの生き様とリンクして
体で
心で
体感で感じたことを
こうして言葉にしていくことが、
わたしの余白になる。
そして、またわたしになる。
パックをしたいな、と思った日にパックをすることも、
しなくてもいいことを
わたしにかけてあげるその手間が
余白に繋がることもあるし、
今日はやりたくないな、って日に
やらないこともまた余白になる。
削ぐこと、
手間をかけること、
決まったことじゃなく、
その瞬間その瞬間選ぶことが
今のわたしにとって
わたしに還る時間。
ほっとする時間
無になる静寂。
そして、
疲れているのか
癒されているのか
お家の間取りの相性なのか
眠る前に最近読書タイムを設けているからなのか
何が、とはっきり分からないのだけれど、、
前のアパートで
あまり眠ることが出来てなかったのが
夜、お布団で横になっても
ずっと意識や頭が起きてる感覚だったのが
今、眠れるようになっていること。
それが、嬉しい。
眠れて、
また1日動けること
肉体が動くこと
それが、嬉しい。


