先日、会社のネットショップの担当の方から連絡があった。
会社のネットショップは、
わたし達が何もしなくとも
(おすすめやお話しや
ご希望であれば一緒にお手続きさせてもらうことはあるけれど)
お客様がネットショップでご購入してくだされば、
ネットショップの方が梱包・発送してくださり
お客様の自宅に商品が行き
購入した金額は
わたし達社員の実績に反映される。
本当に、
本当に、
ありがたい。
稀ではあるけれど、
ごくたまに、
ご注文されたお客様が商品を受け取られず、
連絡も一向につかず、
商品がネットショップの方に戻ってくるパターンがある。
その商品は、
キャンセル処理となる。
先日あった、
ネットショップからの電話は
商品を注文されて、
受け取られず
連絡がつかず
ネットショップに商品が戻ってきた
これが
“今回で3度目”のわたしの担当のお客様のことでした。
「わぁ![]()
何度かあったとは思いましたが、、!
3度目でしたか、、、!
大変お手数おかけいたしました
」
と詫びて、
電話をくださった方は
とっても、
優しく丁寧に対応してくださっておりましたが
「3度目なので、
もし次にまた、今回と同じようなことがありましたら、
もう今後、ネットショップをご利用出来なくなりますことを
お客様にもご連絡しておりますので
そのご連絡をいたしましたことを
ご担当者様にもお伝えしておこうと思いまして」
と。
あぁ、
そうだよね。
そうなるよね。
と
そう思いながら、
お手数おかけしたこと
ご連絡くださったこと
お詫びとお礼を伝えて終えたんだけど。
その件とは別に、
わたしが感じる出来事があった。
普段、
お客様のご予約、
お客様にわたし達がするサービスは、
無料
です。
商品をご購入いただくときは、
その商品代はお支払いいただきますが
普段のサービスは、
基本、無料。
それはいいんです。
ただね、
当日、
ご予約の時間ギリギリになって
ご予約キャンセルのラインをしてきたお客様がいらっしゃった。
もう、
何度目か、分からない。
数えきれないほど。
モヤっとした、わたしがいました。
そして、
もう一人
当日になって、
ご予約のキャンセルをしてきたお客様がいらっしゃいました。
その方も、
よく当日にキャンセルされる方で、
そして、
商品のご購入をされては、
クーリングオフで商品をキャンセルする。ということを
それこそ3回以上されていて
わたしは、基本的に
ご予約を入れて
来て下さるなら
可能な限り受け付けたい。と思うし、
この商品がおすすめ!
必要!と思ったら、
その時に、精一杯伝えさせていただく。
その上で、
何を選ぶかは、
お客様の自由。
もちろん、
クーリングオフ期間内であれば、
お客様にクーリングオフする権利もある。
だけどね、
これまで
わりと
何でも
「いいよ、いいよ
」と
笑顔で穏やかに受け入れてきていたけれど
なんかね、
もう
さすがに繰り返されると
「ん??」
ってなったわたしがいた。
仏の顔も三度まで
その言葉が
浮かんだ。
世の中は、
いろんなサービスが溢れてもいて
例えば、
こんな風に
キャンセルしたり
クーリングオフしたりしても
それも、
無料で対応してくれていたり、する。
だけどね、
そこに至るまで、
いろんな人や
いろんなエネルギーは
携わってる
動いてる。
商品を作ってくれた人がいて
そもそもそこに至るまでにたくさんの人が関わっていて
注文をしたら
注文の手続きをして
商品を発送するまでに、
梱包してくださる方がいて
運送会社と送料がかかりながら
お店や自宅に商品が届いて
キャンセルなら、
キャンセルの手続きをして
色々連絡取る必要があれば連絡をして
書類を提出して
また
送料をかけて
商品を扱っている場所に送って
ものすごく、
エネルギーを使っている。
ご予約の「時間」
これも
スタッフが今少ないのもあるけど
来たい人を断ったりする状況も多い中で
時間はわたしにとって
めちゃめちゃ大事
これは、
1回も
キャンセルや
クーリングオフをしちゃいけない、と言いたいわけじゃない。
だけどね、
繰り返し繰り返しは
「あ、なんかもう、いいや」
と
線を引いてしまった自分を感じた。
ゲッターズ飯田さんのラインの
毎日配信されるやつをね
職場の子に教えてもらってから
1年くらい読み続けてるんだけど
あっ、って
気付かされたりするんだよね。
大切なものを大切にするために
その領域を守る線引きは
大事だな、とも最近感じるんだ。
“仏の顔も三度まで”
この言葉が浮かんだあと
わたしが仏というわけじゃないが
学生のとき
「(わたしを)怒らせてはいけない」と
友達に言われたことを
思い出した😂
人に線を引く。というより
お客様に対して
何でもいいよとしていた自分への線引きだな。
わたしの中に
基本“どうあっても大丈夫”があるゆえに
どこか、わたし自身がそれを履き違えていたように思うよ。
わたしの中での線引き、だいじで必要な時なんだと思う。


