ここに
わたしのルーツを書きました




自らの意思ではなく
親の意向で
創価学会二世だったわたしは



自分から入った!とかじゃ無かった分
子どもの頃に集まりに参加した時も

熱が入り切らず
かと言って
それを言葉に出すわけではなく
その場にいながら
孤独を感じるような気持ちになったりもした





それでも
ずっと

母を見て
父を見て


2人にとって
大切なものだと、伝わっていた





わたしの心の全てを
一心に向けることは出来なくても




母と父を見て

「幸せな人達だな」と
そう思った




それだけ
心から
命から
信じられるものがある、ということが

幸せなことだな。と
そう感じた







だから、
わたしはわたしで

活動することはなくとも




2人の想いは
2人の大切なものは
尊重したかった






旦那さんのお母さんが
結婚前に我が家の事情を知って
がっくりうなだれた時


旦那さんに

「由香だけでも
辞められない?」


と聞いてきた。





そのとき、
1秒も迷うことなく


「辞めない」

そう答えたわたしがいた。







自分でも、
そうなんだ。
と後から自分の言葉に気づくくらい。
1秒も考えることなく。





最終、
旦那さんのお母さんをフォローしてくれたのは、
旦那さんのお母さんの弟だった。


「お嫁さんの家がそうだったとしても、いいがね。」
と。






仏壇がわたしの家に置いてあっても

普段、使うことは無く



昨日ブログを書いて


あっ、と思って
仏壇にかぶった埃を拭いたほど。







その時、

いつしか聞いた
実体験の言葉を思い出した。



本当に苦しいことがあったとき
本当に乗り越えたいことがあったとき
これ以上どうしたらいいかわからない局面に立ったとき


そういう場面でのことだったと思うけれど




仏壇を抱き抱えながら
泣きながら祈った。



という言葉。




それが、
わたしの中に残っていて
ふと、思い出す。







人は、
幸せなときだけじゃなくて


苦しいとき
人生でどうしようもない時も


どうあるか
それが大切なんだと思う。





そして、
その支えや
拠り所は

何であったって
いいとは思うんだ。







わたしは普段、
旦那さんの前で
仏壇の前で祈ることはない。






ただ、
わたしの父がよく子ども達を見てくれるから、


たまに
その時間に
父が仏壇の前でお題目を唱えるんだと思う。






そしたら、
息子がそれを覚えて


何気なく、お題目を唱えたとき


旦那さんが息子に怒った。




それから、
息子は
なるべく言わないようにはなったけれど





どこか、、
わたしの命のルーツを否定されたような気がして

やんわりと傷ついたわたしがいた。








父に
息子と娘が小さいうちに
創価学会に入れとかなくていいのか?

と言ってきたけれど



「それはしない
勝手に、それはしない」

とキッパリ言った。





いつか、
息子や娘が
自ら、何かを選び
自分が入りたいと思えば、そうしたらいい。

そうじゃないならば、
入らなくたっていい。


それがわたしの考え。







2月末で
新聞購読を終了し


3月からは
新聞は届かなくなった。




朝、毎日
毎朝

旦那さんが先に起きて
会社に出る前にそうするのだろう


ポストから抜かれた新聞が
玄関の床に
靴箱の床に
投げ捨てられるように置かれていた







3月
新聞が届かなくなって
その光景を見なくなって



そう。
そう、、

わたし、
毎朝、
あの、床に雑に置かれていること

嫌だった

嫌だった




静かに傷ついていた


せめて、
せめて、
机に置いて欲しかった




ほんとうは、
そう思っていたことに
気がついた。







それでも、

それでも、
わたしなりに

旦那さんがどこか
わたしの家族のそういう部分に
拒否感を示していることを
拒絶感があることを
尊重してもいた








どちらの考えが
反応が
悪い、とかではない





ただ、
それぞれに大切に思うものは

自分が大切だと感じることは
自由だということ