このブログの最後に
わたしが、見れてなかった部分に
わたしの痛点に
眼差しを向けていくことになります。
と書きましたが
それは、今回また
借金返済の記事を書く中で
自分が過去に書いていたものを読んだとき
あ、
わたしのそもそもの借金のはじまりって
(ここでは、奨学金は除きます)
わたしが未だに
お金が引き落とされては
また借入を繰り返すことが唯一生き残っている
地元の銀行のカードローンだ
そうだった
というか、忘れてもないけど
未だ借り入れも出来るのもあってか
わたしはどこかでこの“はじまり”を無かったことにしているし
根源を見れてない
って気づいて
衝撃だったんですよね。
借金の根っこには
母や父
旦那さん
わたしにとって
家族で身近な人
要は、
わたしにとって1番、お金のことを知られたく無い人。というか
どこかで、
母に対して
パートナーシップが枠にはまれなくても
借金をしていても
お母さんに言えないことがあっても
お母さんの願いを断ち切っても
それでも
お母さんはわたしのことを好き?
そんな想いが
あったのだなぁ。。と
気がつきました。
だけどね、
きっとそれでも、
母はわたしを愛していると
今は
そう感じる。
聞かずとも、
わたしが子ども達に抱く感情
わたしが子ども達に向ける眼差し
わたしが子ども達に注ぐ愛情
きっとそれらは、
わたしが持って生まれたものだけじゃなく
わたしも受け継いできたものもあって
母が今もわたしにしてくれること
母が孫であるわたしの子ども達にしてくれること
母から感じるもの
それを見ていれば
もう
じゅうぶんに
愛を感じられる
母に借金のことを
直接言う言わないではなく
母に直接愛を問うか問わないかでもなく
わたしがわたしに
感じたことを
何度だってゆるしたらいいし
何度だって解放したらいい
地元の銀行のカードローンで借金がはじまり
限度額とか知らないわたしは
気がつけば
そのカードローンの借り入れ50万の限度額いっぱいを借り
そこから、アコムに借金をし
またまた回らなくなって、
地元の信用金庫でおまとめローンをします。
今でも、覚えてる。
おまとめローンの契約が正式に成立した日
おまとめローンが
予定していた金額より、プラス10万多めに入金してくれて
結果、それは
返済期間も伸びるし
利息も増えるんだけど
その時のわたしには、
ありがたかった。
久しぶりに
DIR EN GREYのライブのチケットを取れていて、
だけど、
福岡まで行く新幹線代は
出すのがもう無理だ。と思ってた時だったから
結局、
当時、わたしはその追加分の入金してもらったのを
新幹線代にあてた。
わたしは、
体があるのなら
命があるのなら
好きなときに
好きな人に会って
この目で体で感じたい。って思いが
すごく強かったように思う。
だけど、
この1年
主には
働いていただいたお給料は
生活費と
借金返済にあてた。
ライブに行くことも
わたしの今現在の状況に見合わないほどのお金を払う購入も
しなかった。
会社の商品は必要なのもあって
購入したりはしたけれども。
ブログを書き始めてから
ある意味、初めてそんな年だったようにも思う。
ライブも、
ライブがあるなら
ライブがあるうちに
って
好きなことなら
やりたいときに
自分にやらせてあげよう
って
借金してでも
そっちの方が大事って
そんな感覚だった。
それも、間違いでも無い。
それだからこそ、
経験出来たこともある。
ここに書いたビジネスのやつ以外は、
買ったものや
経験したこと
受け取ったサービスに
後悔はしてない
あの時のわたしだったからこそ、
借金重ねてでも
飛び込めたことがある
そして、わたし、
いったん
いったんね
わたしが出逢いたい人とは
わたしが出逢いたかった人達とは
ご縁が繋がったように感じていて
直接はまだ逢えてなくとも
だからね、
ここからは、
生きてるうちに
悔いなく経験しときたい!
より
悔いの無い経験が
わたしなりに出来たから
払ってこう
返してこう
と
何だかそんなことを思った。
苦しさも
色んな感情も
沸いたし
味わったし
それはもしかしたら
これからもまだゼロではないのかもしれないけれど
安心の方へ繋がっていく
そんなことを感じてる。
Toshiyaさんがさ
よく
ライブツアーのファイナルの後とか
今回来れた人も
残念ながら来られなかった人も
全てのファンの方々に感謝を
って書いてくれてて
好きでも
行けることだけが全てでは無いのだと
言葉にはなりきらない想いを
自分の中に感じた
豊かな感受性で
そして、縁したもので
わたしの中にある引力で
受け取ってきたものが
たくさんあるから
安心して
始まりの根源になったものも全て
返済して行こうと思う。







