ライブが終わって
この言葉にならない感覚を
余韻を残したくて


書いてみようと思います







ここで
“好き”
について書いたけど






生の京さんを観たのは
いつぶりでしょうか




正確に言うと
ライブハウスだし
後ろの方で
チビのわたしは
視覚的にはほとんど見えなかった




見えなかったけど
見えたよ




やっぱり
存在がすごいんだ

放つものが







DIRのライブに足を運んだのは
それこそ23歳の時で止まっていたかもしれない




13年ぶり?
もっと??








10代後半から20代前半は
とにかく多感な時期で

いろいろ重なって
20代前半のときのわたしは
顔は笑って
心は泣いてた


表向きはいつも笑ってて
心の中はたくさん傷ついてて
でも誰にも出せなくて
一人きりのとき(とは言っても実家だったから)
声を押し殺して叫んでた





その時期を美化したいとか
そんなわけじゃないよ

事実そんな時期があったというだけ





あの頃

あの頃の


消えたくて
死にたくて
生きたくて
もがいて

バラバラで
心が叫び出すような
誰にも言えなかった言葉にならない想いを

命を

わたしは京さんに
繋いでもらったと本気で思ってる









今日
チラチラとオーディエンスの隙間から見える京さんや

そこにいるだけで
すごい存在感を放つ京さんを見て




思った



好きって

言葉にならない

言葉にならないわ


圧倒的に感じる

好きを浴びてたら

好きを超えるわ

“好き”という言葉すら無くなる

“好き”という概念すら無くなる

この“好き”を言葉になんて出来ない
言葉にならない


溶けてぜんぶになる


もう
ただただ
これを感じるだけだ







そう思った














京さんの表現する姿は



恐ろしく美しいと思った




表面的なものじゃなくて
造形だとか
見た目だとか
そうゆうことじゃなくて



そこに存在して
表現する姿が美しいと思った








一番聴きたかった曲が流れて

京さんの声が出ない場面もあって


そう
CDの音源通りじゃない
生々しい今の表現を聴きたかった







京さんのクレジットはvocalではなく

Voice







そのときそのときの表現に
いつも凄まじい色気を感じるんだよね




それは
京さんの中の
嘘や誤魔化しのない
本質を表現してたり
本質にさらに命を吹き込んだような
魂を吹き込んだような
生命力から感じるものなんだと思う






京さんの命そのものを
全身で表現してるのを感じるんだ








「生きてる事   そうそれだけだ」








叫び生きろ  わたしは生きてる







1時間40分ぐらいかな
ぎゅっと濃厚な時間でした




ありがとうございます♡♡





ちらほら見えたToshiyaさんも色っぽかったな笑




何なの、この素敵なおしり♡♡