目には見えない世界を知ったり
学ぶようになって


感覚が満たされたら
それでいい



そう思ったりもした。






形は、どうあってもいい



そう思っていたりもした。











だけどね、
前回の書いたあと
気づいたことがある。





それは、
感覚だけ満たされたら、
形は何でもよし。と

わたし自身が
100%では思っていなかったこと。







感覚が満たされるなら
形は何でもいいわけじゃない







本当は、
今ある形(家族とかお仕事とか)で

まっすぐに頑張りたかったこと






お仕事が上手く行かなくたって
売上が上がらなくたって
怒られたって


わたしは幸せと感じていると思っていたし



わたしには、
お仕事だけじゃない表現場所もあるし
と思っていたし



目に見えるものだけが
全てじゃないし


と
そう思っていた。








本当に、
そう思っていた。





だけど、
それが変化して来たというか





もっと、
心を裸にした部分では





もっと
まっすぐにお仕事を自分に頑張らせてあげたかった



という部分が出て来た。






まっすぐにお仕事を頑張ったら、

失敗したとき
怒られたとき
上手く行かなかったとき


これまで以上に
傷つくことが怖かった。







だけど、、、
剥き出しになった部分は、




まっすぐにお仕事を頑張りたかった。





誰のせいにするでもなく。







本当は、
褒められたかった。


本当は、
認めて欲しかった。


店長に。
マネージャーに。




そんなこと思う自分を
承認欲求にまみれた自分を

恥ずかしいと思ってた


そんなわたしを
わたしがまっすぐに見れなかった


無かったことにしたかった。






だけど、

褒めて欲しかった。

愛されたかった。




誰でもいいわけじゃない。






わたしが今いる場所だから

わたしが、それでも、今いる場所だから



あなたに、褒めて欲しかった。
認められたかった。







感覚を満たそうとした。 

それでいい。と思った。

思ってた。 





だけど、本当は、「人」も願いだった。

本当は、「場所」も願いだった。



この人がいい。それも、願いだった。




まっすぐに願ったらいい。




まっすぐに頑張ったらいい。






痛さも恥ずかしさも
剥き出しの心に抱いて



それでも、まっすぐに頑張ったらいい。




あなたに愛されたいと、
望んだらいい。






そんな自分、
恥ずかしかったけど


それも、どうやら
わたしの中に強烈にあったみたい。






あったんだね。
そう思ったらさ、


気づいてもらえた心が
震えるんだよね。



気づいてもらえた心が、
なんだか泣けてくるんだよ。