状況が苦しいなぁ。となったり
思ったりする時も
同時に思うのは
いや、同時にというよりは
苦しさを感じた後に気づくのはって感覚の方が近いのは、かな
目に映る現実は
いつもの日常が流れていくこと
ほんと
何だか不思議なくらいに
お金のことがどうあれ
わたしがどう感じてようが
目の前に映る現実や日常は
壊れていないこと
おととい
娘と一緒にお風呂に入りながら
気づいた
年齢的に
いつまで続くかはわからないけれど
娘は
わたしを本当に可愛がってくれる子で
どっちが親?みたいなね😂
お仕事頑張って
家に帰るたび
存在そのものを愛でられて
存在そのものが癒される
というのかな
「ママ可愛い」って何度も言って
何度も頭を撫でてくれる
大好きを伝え合って
わたしも
「愛しい愛しい娘」とか
「ママの宝物」
「〇〇ちゃんは宝物」
と何度も言葉にする
あぁ
ここかぁ。と
気がついた。
わたし、
子ども達と一緒に居たいんだな。
子どもと過ごす時間を守りたいんだな。
って。
先はわからない。
いつかは巣立っていく。
この小ささで一緒にいられるのは
今だけだから
守りたいし
大切にしたいんだなぁ。って。
何かがあっても
わたしの心で色々感じても
目に映る現実は
いつもの日常が流れていくこと
って
わたしにとっての
大切なものは何も奪われていない
ということ
色んな状況があるけれど
去年からは特に
借り入れがそれ以上は出来ずに
引き落とし日にガンガン引き落とされる
わたしの感覚的にね
って状況だったから
今、こうやって記事を書くことで振り返ってみたら
この1年でざっくりでも100万は返済したんじゃないかと思う
うーん
利息も多いから、支払った額と返済額がイコール100万はちがうか。
1年で100万以上は支払ったと思うから
そのうちの利子も前よりは減って来たんじゃないかな
今がこんな遅れたりしてるから
長いっちゃ長いけど
それでもあと2年すれば
大きなローンや借金は完済に向かっていく
お店でも
店長からの「買わないの?」の圧に断りきれず
最終的には自分で決めて
会社の商品をここ1年でも何個も3年払いのローンで組んだけれど
もうここも暫くは買えないし買わない
支払いされてないことの電話が来たのは店長のいない日だったけれど
あの時、他のスタッフなみんな事務所にいて
「今の電話
(信販会社の)〇〇だったー
支払いが間に合ってなくて
こっちにも電話来るんだね」
って話してたから
次に何か「買わないの?」の圧が来たときは
店長にしばらくは支払いが間に合わないことでムリです!と伝えようと思ったし
わたしが本当に本当に
借金の返済の方を優先しようと思ったときは
コンビニでも接客業でも何でもいいんだけど副業を許可してもらう申請を会社に出すか
状況を伝えて
借金をもっと返しやすいところに転職するので退職すると決めて伝えるか
と
自分の中の大切なものに
「そうだったのかー!」と気づいたことで
何だか選択肢や可能性が広がった
それは、
借金のことも絶対周りに知られたくない!みたいな感覚も
前より薄れたのも大きいのかもしれないな
その中でも
旦那さんとかお母さんは詳しく知ってるわけではないけれど
なんかね、
どちらでもいいのかな。って
それを知る、知らないって言うより
「今、困ってる」とか
「今月少しでも助けて」とか言える
そこからでいいのかもなぁ、って
そこから「何で?」ってなったら
流れでもう自然と言うのかもなとも思うし
色々きちきちと全部言うより、
やっぱりわたしは、
きっと
別れたり離婚したりする選択も持ってたいし
お金の使い道も制限されたくないのだと思う
自由な部分も残したいのだと思う
それを選ぶからこその
大変さも伴ったけれど
たぶん、この経験だったり
それでも何だかんだと支払っていったり
渦中で感じることだったり
それでも笑ってられることだったり
それでもわたしがわたしであれることが
学びで財産なのではないかな、と、思うんだ。