ここから

たった2週間しか

まだ2週間しか

経っていないのか






と

2週間と思えないくらいの


何だか、お仕事も怒涛の日々でした。








わたし自身に。というよりは


トラブル、、とも言えるのだろうか

その間に入り

声を繋ぐことに尽力した日々だった。







声、なんだな。と思う


言葉、なんだな。と思う








言い方ひとつにしても

言い過ぎにしても

言わな過ぎにしても






最初はささいなことや

隠したいこととか


その人を想って黙っておきたかったこととか



色んなことが



まるで膿のように溜まり








言葉なんだな。と思う


声なんだな。と思う







ほんとうは、
出したり
伝えるべきだった


言葉や声だったのだな。と思う。








色んな人が絡むため、
ここにはとても抽象的な表現になってしまうけれど








その声を出す。ということは


その想いを言葉にする。ということは




時に怖いけれど



声にしたり
言葉にする時なんだ








何が怖かったんだろう?

何で、言葉に出来なかったんだろう?





それは、

傷つけたくなかったからかもしれないし


怒られたくなかったからかもしれないし


嫌われたくなかったからかもしれないし







出した先の未来の不安が大きく

出した先の未来を信頼できず







みんなそれぞれに想いを
言葉を
声を


どこかで飲み込んだのだと思う








一見、しんどく苦しい出来事も

なぜ起こった、って




膿を出し

そこからほんとうの声を出していくためのものな気がしてならない






そして、
そんな今わたしがここに居るということ




声を繋ぎ
心を繋ぐ役割りなのだと

そんな気がしてならない。







何者でなくても

わたしの命や肉体を使って
声を使って
届けて繋ぐ


そんな役割りなのだと。








大きな視野で、

それでも大丈夫だと。




何が起きたって、
全て大丈夫なんだと。





声を出すことが怖くても
落ち込むような出来事でも
出来事が苦しくても


大丈夫なんだと





感じたこと
苦しいと思ったこと
全てをないがしろにするわけでもなく



それでも

それでも
大丈夫なんだという眼差しを声にし

心の詰まりを流すような



そんな役割りなのだと。