前回のブログで
ハラハラそわそわする体感が多く

心の乾きを感じていたことや






美味しいものを食べて


色々話をして


目の前に広がる海を眺めながら
慌ただしさがオフになるような
自然を感じて




人の心と心が触れ合って




わたしの心や体は喜ぶのだと、
改めて感じたことを書きました。











しばらく前から、

わたしの中で感じていた


飢え
そして、みじめさ

そんな感覚が

わたしの心の乾きに繋がったように思う。











飢え。とは


まさに、食に飢えているのを
感じてた。







今の状況だと
お給料日が来たら、
支払いがやって来て


現金が手元には残らない。
か、もしくは支払い分も足りない。







その中で、
毎日、家族にご飯は食べさせる。




その食費の購入は、
現金は手元に無いから
クレジットカード払いになる。




今のお仕事ならば、
今の現状ならば、
おそらくこの状況が少なくとも2年は続く





どちらかというと、
自分が心底満足して食べる!よりも

家族や子ども達が

「お腹空かせてないかな?
足りるかな?」



それをいつも考えてた。

いっつも。





わたしは、仕事が遅くなるときも、
自分が仕事をするのは構わないのだけれど

「子どもがお腹空かせてないか」
それが1番気になった。



ご飯を準備しないと。

それが、いつも頭にあった。






子ども達に食べさせて
わたしも、食べてないわけでは無い。




だけど、どこかで、
満足はしていなかった。



それは、栄養的なものなのか、
量なのか、
質なのか、
食べる物なのか、

それぞれだとしても。








だから、

わたしの中には、

飢えの感覚があって、




そして、この状況がまだ続くことに、
時折とても心が疲弊していた。





息子は、シャツをすぐ汚すのだけれど、


すぐに買い替えることの出来ない体操服を見るたび、
何ともみじめな気持ちにもなった。










それでも、
毎日、子ども達にご飯を食べさせることが出来ている。


それは事実としてあるけれど、




きっと、

わたしの中の飢えは、満ちていなかった。







その中で、
頑張っても、目に見える結果のことや売上ばかり言う人だったり



やってもやっても
まだ終わりが無いことに



疲れてもいたのだと思う。








職場の子が、
ずっとわたしをランチに誘ってくれていたから、


なんと言うか、

自分のために、外で満足いくランチをする。
というのが、昨日が本当に本当に、久しぶりだった。






母となり、
自分が食事を何かしらの形で用意するばかりだから、


誰かが作ってくれる。とか
誰かが作ってくれたものを食べる。とか



それが時に、本当に癒され満たされる。








今あるものへの感謝もある。


だけど、

今はどうしても、飢えやみじめさの感覚もある。







そして、
この感覚を感じること
出すことが


わたしにはものすごく恥ずかしい。











だけど、
かっこつけるでもなく、
これが今のわたしの現状のひとつ😂