3月、決算月をやり切って
全うして
4月
子ども達が小学校に上がってから
恒例となりつつこと
それは、
新年度の子ども達に必要なものを
母が一緒に買いに行ってくれること。
それが今年はちょうど昨日で、
母が、
「それならちょうど、ばあちゃんの三回忌だから
家にも来て仏壇に手を合わせて欲しい
」
とそう言った。
買い物では、
サクサクっと
そして、大量に
買いたいものをすぐに選び終わる息子
ひとつひとつ
じっくりと選び
欲しいものは買ってもらうけれど
必要ない。と思ったら買わない娘
そして、
サクっとお支払いを済ませてくれる母。
毎度、ありがたくてありがたくて
本当にありがたくて
いろんな気持ちが込み上げて
涙が出そうになる。
実家に寄って、
家からの散歩道がキレイで
一緒に歩こうか。となった
「行く元気ある?」
と、母が聞いてきて
「ちょっと座ったら
むしろ、行って自然に触れた方が元気になると思う」
そう答えて、
母、わたし、娘で行くことになった。
息子は、歩くのめんどくさいやら
拗ねやらで来てすぐ帰った😂😂
ばあちゃんが亡くなった。
と母から連絡をもらった朝も
天気の良い
桜のキレイに咲く日だった。
散歩道の桜を見ながら
どこかしこに
ばあちゃんの命が
わたし達を見守ってくれているように感じた。
目の前を並んで歩く
母と娘の姿を見ながら
何だか胸がいっぱいになった
3月末で、
母は保育士を退職した。
27年間勤め
何度も退職を申し出、
引き止められ
だけどもうさすがに保育士をして小さい子達を抱っこするには腰が限界かな。と
退職。
母、70歳の春。
70歳まで、27年間保育士をした母は、
最後の日に飾りきれないくらいの花と
たくさんのプレゼントやありがとうをもらったらしい。
娘ながら、
凄いなぁ。と思う。
「お疲れ様。
27年って、凄いね。
続ける苦しさもあるけど、
続ける中で感じる喜びもまた、あるよね」
「常に葛藤よ」
そうかそうか。
そうだよね。
おばあちゃんもまた強い女性だったけど
わたしからしたら、母も強い女性。
そして、
わたしにもその血が
受け継がれているのだな、と
大人になってから思う。
学生の頃や
20代前半は
わたしと母は全く違うように感じていたように思ってた記憶があるけれど。
「もう仕事無いからさ、
月に1回は由香の休みにランチ行こ!
奢るから、美味しいもの食べて、元気出そ!
」
まだ働いているのは、わたしの方だというのに、
それでも注ぎ続けてくれようとする母。
きっと、これを
今度はわたしが娘にしていくのだろう。
何でだろ、
これ書いてたら
めっちゃ涙が溢れて止まらなくなって来た。
今日は今からお仕事なのに
目が腫れちゃうよ
わたしは、母に何も返せてなくて
もらってばかりでって
申し訳なさも
どこか胸にこびり付いていて
だけど、
今はいつもお金に余裕が無くって
母が子ども達にしてくれることが、
本当に有難くって。
最近
2年
あと、2年
って響くの。
2年って、長くも感じるけれど、
わたしの踏ん張りどころ。
2年の間で、
色んな返済が終わって行く分もあるから、
その2年は長くもあるけれど
そして、母にはわたしのお金のことの色々は言うことは無いと思うけれど
こうして助けてもらってることも
本当にたくさんある
それは、母だけじゃなく
それでもいろんな人やものに
助けられ支えられて生きている。
母にとっては、
わたしが生きて
健やかに存在してくれるだけでいいんだと思う。
わたしが、
娘や息子にそう感じるように。
それだけで。
だって、存在するだけで、って
存在することがさ、奇跡のようだな、って
思うもの。
4月
新年度
またわたしはわたしの場所で
わたしの命を全うしよう。





