30日、保育園最後の日で
夜になったら、
子育てを分かちあってくれた
一緒に喜んだり楽しんだりしてくれた
先生と離れる寂しさが込み上げて

涙したりしながらも



31日
決算月の月末を迎えて



昨日は、やり切った。





そして、
今日、4月1日からは
子ども達がふたりとも児童クラブ
お弁当づくり




流れるように
新しい生活はやってくる





明け方、
GACKTさんのオフィシャルサイト を見に行った。


いつも、エイプリルフールには
4月1日に切り替わった瞬間に
あれこれ仕掛けてくれていたから。




今年は、
いつものページのままだった。






変わってゆく春桜

そんな中、一気に桜が満開になったなぁ。と思う
日々の中にいた。







そろそろ、起きてお弁当つくったりしましょかね。と思ったら、




ちょうど、

6時58分
母から着信。





こんな時間にどした??
最近、骨折したから、何かあったかな?
そう思って
出た瞬間





「ばぁちゃんが、亡くなった。」


って。




突然で、
お母さんも泣いてるし、
わたしも涙が出てきて




「突然だった。

すごい安らかな顔してる」



と。





いったん、母の電話はすぐ終わって。





あれ?
今日、どう動いたらいいんだ?と
いろんな気持ちや思考が入り混ざって




朝だけは出勤することにして



息子が今日からのお弁当を楽しみにしてくれ過ぎていて
一緒にお弁当箱に詰めた






施設に入ってて、
子ども達はほとんど会ったことが無いから

おばあちゃんのことも
人が亡くなる。ということも
よく分からないみたいだったけれど






わたしは、準備しながら
頭が回らなくて
涙もポロポロ出る




それでも準備を終えて


子ども達はふたりで行く児童クラブにウキウキしていて

送り届けたあと





職場の方から

「こんなときくらい、休みなさい!
こんなときまで出てこなくていいよ!
まだ朝は何もすることないとかじゃなくて、
気持ちが落ち着かないでしょう?」

と
電話が来た。





今、子ども達も預けちゃったし。と思ったけれど、

休み慣れなくて、
突然だとどうしよう、ってなったけど、
もう、今日もお休みをいただくことにした。






桜が満開だなぁ。って思ってたから
桜を探しながら
お母さんに電話をかけた




「今日は仮通夜だから、
今日は仕事に行っていいよー!」

と、
、、、気丈な母娘である、、😂





休みもらったから、
おばあちゃんに会いに行きたいなぁ。って
話ししたら、


お母さんも流れや段取りが分からず、
葬儀屋さんから連絡が来たらまた連絡するから
夕方にでも来たらいいよ。と





「ばあちゃんのばあさん(おばあちゃんのお母さん)も
亡くなったのが春だったんだよ」




「そうだったんだ。
桜が満開な中、逝くんだなぁ。って。
いくつだったっけ?ばぁちゃん。」



「97歳」



「わぁ。全うしたねぇ。
安らかな顔って言ってたけど、
施設の人達にもよくしてもらって
おばぁちゃん最後まで幸せだったんだね」



「ばぁちゃんの功徳だね。
そして、ばぁちゃんは本当に、娘孝行!
このタイミングで」



いいのか悪いのか、
母は先日、腰を骨折し、
動けるのだけれど
今、お仕事をお休みしているタイミングでもあった



「でさ、
昨日、ちょうど、たまたま、
あ、こんなとこに葬儀屋さんがあるんだ、って
こんなことしてくれるんだな、って
見てたんだよ。
お母さん、そういうタイミングがバッチリなんだよね!」

と





なんというか、

昔から、

強い母で
強いおばぁちゃんだった。




それは、愛情が無い、とかそういうのではなくって、
愛情もあるんだけど、
強くて潔い芯がある。そんな感じというか





お母さんが先生に
延命治療をするか聞かれて、
もう長く生きたし、希望しなかったんだ。って


6時58分に
天寿を全うして
すぐにわたしに電話をくれたみたい。






娘孝行。か


それを言うなら、
ばぁちゃん、孫孝行もだ。
と、そう思った。





ばぁちゃん、
3月は思いっきり頑張りたかったんだよ。

お仕事も
子どもの最後の保育園生活も

思いっきりやれたよ
悔いなくやれたよ

それでも
寂しさもあるけれど


中途半端じゃなくって
思いっきりやれたよ


3月
たくさん注げたよ



そうしてるうちに
桜が満開だな、って思ったんだよ



そして、もう4月だな、って思ったんだよ



4月
桜が満開の美しい時に
ばぁちゃんは天命を全うして
逝くんだね



そう思った。







じいちゃんとの結婚に苦労して

じいちゃんは
自ら命を絶って


ばぁちゃん
たくさん働いて


だったからわたしのお母さんは
小学校3年生のときから
ずーっと料理を作ってきた




娘であるわたしのお母さんに苦労をかけないように
何かあったり施設に入る時のお金も
ばぁちゃん、たっくさん貯めてた





お母さんは、
娘孝行なばぁちゃん。と言っていたけれど




口数が少なくて
そして優しい
大きな愛情を
わたしもたくさんもらってきた





ばぁちゃん
「女は苦労するから、
結婚は早くなくていい」

そう言ったけれど



わたしが旦那さんと結婚するとき


挨拶したとき



旦那さんを神様のように
「あぁ、
ありがとう
ありがとう。

ありがとう」と
何度も手を合わせて頭を下げた。





その姿と、
あぁ、ありがとう。に


喜びや
幸せを願う気持ちが
たくさん伝わってきたんだ。





施設に入ってからは、

あまり、会わなくなってしまったけど



会えたときは、

ばぁちゃん。って呼びながら
たくさん、たくさん、手を握った




ばぁちゃんの手はいつもあったかくて


ありがとう。
元気でな。


って

いつも
ありがとう。ありがとう。
言ってるばぁちゃんが、
いつもいつも、いくつになっても可愛かった。






ばぁちゃん、
天命を全うしたねぇ。



長生きしたね。

頑張ったね。




もっと、
会いに行けば良かった。。




いつも、
由香の幸せを願ってくれていたね。


伝わっていたよ。




お母さんのことも、
由香のことも、
由香の子ども達のことも


心配しなくていいから
安心してね。




幸せでいるからね。


生きていくからね。








今日はたくさん桜を見て






会いに行くよ。





ばぁちゃんに
ありがとうを伝えに行くよ。