人に出すことはないと思っていた


月々の支払いだったり
借金の総額だったり
給料明細だったり
現状を全部出して



今の現状の把握をする中で



自分の持ってるお金に対する価値観や意識や
感覚的なものを
春奈ちゃんやこぴさんと話していった。






まず、

出す。ということ。
人に、出す。話す。ということ。

これが、わたしの中で大きかったなぁ。って
感じる。



わたしにとっての、大きな一歩というか。






わたしの頭の中でグルグル考えるとか
わたしの中だけで感じるとか
ノートに書くとか



これまで、
わたしの中だけで完結させてきたり
わたしの中だけで完結させようとしてきたり
ブログに書いたり
旦那さんに少し話したり
職場の子に少し話したり



っていうことは、
これまでしてきたけれど







出す。
話す。


ということ



出さなくていいか、
見なくてもいいか、
そのうち、いつか、
支払いが済んでいけばいいか、


この部分は、
なんとなく
ぼんやりとさせながらでも
生きていけるから、いいか






そう感じてた部分を



言葉になりきらなかったものを


見つめて
感じて


言葉にして


それを、出す。ことをして






そして、

知ってもらう。
受け止めてもらう。

という経験。





責めるでも同情するでもなく、
否定するでもなく
その事実を受け止めて


わたしの感覚だったり
気持ちや考えに寄り添って言葉を交わしてくれること




それが、
わたしにとって、


めちゃめちゃ安心感をもたらしてくれた。







どこか、
ひとりで抱え



ずーっと
どこか、
張り詰めていた部分だったから。










信用金庫の人が言ったように

「旦那さんに言うのが一番ですけどね」

それも、
模範解答なのだろう。









だけど、
そうじゃなくて

弱さやずるさを含めて、
正解や正しさに収まることの出来ない


そして、
あまりにもお金に無知な部分があることで
考えが甘く
管理の苦手意識が強いことで
体当たりでしか学ぶことの出来ない



そんなわたしにとって










言ってみたら、

借金という


マイナスや陰な部分を
安心して出せる場。というのが、


とてもありがたかった。






春奈ちゃんのこの



陰の世界
陰の経験や体験も“面白い”と感じる視点も



わたしをゆるませて
わたしを出させてくれるなぁ。って


そう思った。








ラインでも
たくさんお話しさせてもらったあと






おふたりと直前お話しするタイミングがやって来たのでした。







そこで出てきたのは、

思っていた以上に
枯渇感に蓋をしていたわたし自身でした。


思っていた以上に
怒りを溜め込んだわたし自身でした。