昨日は、
春奈ちゃんに「お話ししませんか?」と言っていただいて、
えー!!🥺嬉しい
と
お話しさせていただきました
もう、
何年になるだろうか?
春奈ちゃんとやりとりさせてもらうようになって。
初めは、
春奈ちゃんが、
官能アイドル密月さんの名前だった頃、
ブログもだけど
メルマガも読ませていただいてて
密月さんの気づきだったり、
その気づきを言葉に出来るその言語化するチカラや
官能の世界を表現する
官能アーティストの世界観に
たくさん感じさせてもらって
ちょこちょこ、
メルマガに返信したりしていた。
でね、
わたし、メルマガに感想を送るとか、
読んで自分自身が感じたことを言葉にする、とか
受け取ったものを今の自分に出来る最大限で言葉で表現する、とか
昔からやっていたことだったのだけれど。
表現してくれる人がいて、
そこにまた、自分の反応を
自分の中から言葉にして、
ってのをさせてもらうことで、
わたし自身もより受け取らせてもらって来たなぁ。とか
より、言葉にして自分自身の気づきも深まったなぁ。とか
そんな風に自然と繋がって行ったなぁ。と思う。
それをすることで、
自分のカラダまるごとで受け取る。みたいな感覚というか。
本名の春奈ちゃんの前の、
密月さんで活動していた頃の密月さんも
その時にしか出せない
毒っ毛のある感じや
刺さるような表現
だけど繊細さも持ち合わせたところ
その時の
自分が感じる真ん中の感情を
捉えようと
気づきをリアルタイムで言葉にすること
ずーっとやってたからこそ
そこから
本名の
剥き出しの春奈ちゃんになって
自分そのもので、
愛し愛されるということを
していってるというか。
わたしも、
密月さん時代からの発信に
たくさん影響も受けながら
そのときそのときの
剥き出しのわたしを言葉にしていって
だからこそ、
昨日、話しながら
今、お互いに辿り着いているものがあると感じた。
本当に、
気づかないくらいに、
ちょっとした感情に
蓋をしていく中で
振動すら感じないほどに
それを感じないように
無意識に
長い年月をかけて感じないようにしてきたものも
自分を見て行く中で
真ん中がやわらかくなったり
ほぐれたりするからこそ
振動を感じるものがあるのだということ。
こびり付いた感情が疼く
振動すら感じないほどに蓋をし
閉じ込めたものが
やわらかくなってきたからこそ
それは、
どんなにどんなに
閉じ込めても
炙り出され
自分自身が向き合うもの
自分自身でしか、
向き合えないもの。
それが、
今のわたしにとっては、
旦那さんとの関係性から生まれる感情だったり
自分が
香りを出し続ける中で
今年で3年を迎えるからこそ
自分の中で感じる感情だったりなんだな。って
思う
何でもそうなんだけど、
春奈ちゃんのこの言葉が
もうほんと、
心に触れる。
形こそどういう関係であれど
みる部分って
そこ(自分のそういう本音)なんだと思う
本当に全てを伝える、とは、
事実というよりも
心をさらけ出していくことだと思った
自分自身に
心をさらけ出して
さらけ出したと思っても思っても
まだ
根深くあるものを
自分のカラダで感じながら
未完了なもの
未消化なもの
それも
あるなら
ちゃんと見ていきたい
感じていきたい
無意識に蓋して
固めて
避けて
見ないようにしてきたものこそ
ドキドキもするし
怖さもあるけれど
それすらも
愛の眼差しで撫でるように
自分の中にあるものなら
見てあげたい
振動出来ぬほど
蓋をして閉じ込めてしまったのなら
この体で感じたい
感じたこと、
また言葉にしていこう



