けいこちゃんから
天女のオイルが届いた。
もうねぇ、
わたしにとって
欲しい香りを選ぶとき、
1秒もいならい。と
最近つくづく思う。
どんな効果がありますか?とか
本当に叶いますか?とか
損しないですか?とか
わたしに合いますか?とか
そんな考えや
質問の余地など
介さないところで
自分が欲しいと感じる。
もう、それだけでいい。
そんな、
たったそれだけで、
欲しい。動く。
というシンプルな流れを
澱みなく、迷い無く、
自分で自分に止め無くなったのもまた
体感を通して
自分で自分の感化を信じ進んでいくことを
繰り返して来たからだな、とも感じる。
天女のオイルの香りを感じながら、
改めてまた、
けいこちゃんの紡ぐ言葉の響きに
こみあげるものがある。
あなたはなぜ
歓喜に頬を赤らめては
いけないのでしょう
その少し手前で
不意にこわくなるのはなぜでしょう
歓喜に湧き立ち
悦びをいっぱいに溢れさせ
赤らみ
汗ばみ
細胞が震えることを
すんでのところで
やめるのはなぜでしょう
信頼できないのは
誰ですか
なんのおそれがありますか
不意に闇に堕ちるような
底なしの暗がりに
ひとり閉じ込められるような
その怖さは
どこからくるのでしょう
すべては
体験
記憶
あなたの
ものではない
だれの
ものでもない
地球が
大地が
抱きかかえ
すくっても
すくっても
癒しきれなかった
ただそれだけのこと
もう、よい
終わりました
ただ
流せばよいのです
そうであった
そう感じた時
流れてゆくことを
おそれずに、みて
感じたことが
ゆるし
もう
何からも隠れず
隠さず
あなたのその
芯から湧き上がる
熱を
大いなる
力強い
その胸の中で
腕の中で
力をほどき
歓喜の渦を巻き起こし
声をあげ
はね
まい
うたい
えがく
溢れさせ
流して
こぼれ、こぼれおちて
よいのです
安心して
咲き誇り
広げて、ひらいて
よいのです
その水が
潤いが
大地を癒し
木々を育み
地球を歓喜に
いざなうから
3年前。
けいこちゃんの魂のセッションを受けたとき、
ほんっとに、
色んなものを
言葉にする中で
言葉だけじゃないその奥で
わたしの色っっんな制限を
外してもらったんだなぁ。。と
改めて思う。
「調和は、
自分の能力や個性を出してこその調和だよ」
と。
「ゆかちゃん、羽衣持ってる人なのに、
羽衣畳んでて、
でも全部は隠してなくて、胸元から見えてて、
え?出すの?見せるの?どっち?って笑」
「溢れては戻して
溢れては戻して」
もう、もはやコント
自分でも、だいぶ感じていたところ
この瞬間感じた衝撃が、
わたしの中で進むきっかけにもなった😂
諦め
孤独感
本当にやりたいことの似たようなところで収まろうとしている
この言葉もまた、
言葉にしてもらったことで、
自分の芯の方から
動けるようになったなぁ。と思う。
感じることを
取り戻して行ったら、
今度は、
感じることばかり大切にして、
周りばかり見て、
周りを見てから、調和しようとして、
そんなわたしが、
より、進む。
動いてみる。
やってみる。
それが出来るようになったのも、
この日を境に。と、
めちゃめちゃ思う。
けいこちゃんの言葉は、
現実創造を
笑いながら
軽やかに加速する
笑いながらも
そんな
強さがある
いや、
笑ってられるから
強く在れるともいうか
後出しジャンケン。
いつも周りの様子を見てからバランスをとる。
それもまた、
わたしの性質ではあるのかもしれないけれど、、
真の喜びって
自分が生まれてきた喜びって
きっと、
よそ見してばかりいたら
辿り着けない
だって、
自分の中に
溢れんばかりに
あるのだもの
出してみて、
周りの反応が無いように感じられても
その瞬間
また引っ込めたくなったとしても
もうさ、
羽衣を
畳んで仕舞って隠して
そんなことを
しなくていいんだ
香りがね
なめらかで
まろやかで
艶やかで
華やかで
まるで、
もっとそう在っていいんだよ、と
体現しているよう
スプレーの中の
さざれ石や
振ると金箔が舞って
もう
香りからスプレーから
舞えよ歌えよ
と響いてくる
天女のオイルの対となる
先にお迎えしていた
龍神のオイルを
お誕生日に、
霧島に連れて行こうと思ったお誕生日の朝
龍神が放たれたかのように
スプレーの瓶が割れていて
放たれた
と思ってたけど、
天女のオイルと会わせたくて
やっと、
ご対面
持っているものを隠さず
出したものを引っ込めず
伸びやかに
伸びやかに
体も心も
閉じ込めることなく
抑え込むことなく
放って
放って
舞えよ歌えよ
喜び溢れながら
どこまでも
どこまでも
自分を出す。とは
自分勝手でありたいわけではない、
自分の思い通りに行かせることでもない、
わたしを出す中で、
そこで、
調和していくものがある
わたしを出す中で、
そのとき響くものがある
それを
大切に進んでいく
「本当にやりたいこと」は、
そのときそのときで
変化することもある
やっていく中で、
また、辿り着くものもあるから。
だからこそ、
キャッチしたものを
止めない
自分の中に流す
やってみる
動いてみる
その営みを
澱みなく
自分で自分を止めずにいたいと
ますます
ますます
そう思うのです。










