月曜日、
ゆいさんとのセッション~響き~でした。





お申し込みいただいてから、
最初は文字の言葉で紡ぎ合ったりして









ゆいさんとは、
去年のゆいさんのお誕生日から
直接やりとりさせていただくご縁をいただいて



まだ1年ちょっとか。と
感じる濃さというか



だけども、
やーっと喋れる嬉しさと喜びとおねがい







今年の春も
お話ししましょーハートと決めてた日が

ちょうどおばあちゃんのお葬式になったりと、
延期になっていたけれど








今回の~響き~を募集した10月でもなく
今お話し出来たこと。




それが、
わたし自身にも響きました。








わたしは、
何かを提供する側だから、というよりも、

言葉で出せるものならば、
惜しみなく全てを出したい。そう思うけれど、

出すことで、
わたし自身もいつも受け取っている。









直接会えるというのが、
より伝わるのかもしれないけれど




わたし自身が、ゆいさんの言葉が大好きで。
ブログを読ませていただいて、
文字だけじゃなく
顔を見ながら言葉を交わす。



それだけで、また、
ブログを読んでたからこその
そこの深みが増すというか、





ゆいさんって、
ひとつひとつを
とても大切に受け取ったり
感じたりする方なんですよ。





そのひとつを
サラッと流さない。

いや、流すことが出来ない。


ひとつひとつ
注ぐものに本気で



感じて
考えて
咀嚼して

糧にするぞ。なんて思わなくても


ゆいさんの営みのサイクルで、
ゆいさんの経験した全てが
ゆいさんの成分となっていく。



ゆいさんになっていく。




ゆいさんが、
言葉にするとき、
深くから放たれ響くものになる。





それが、
毎回、
読みながらわたしは感動する。







唯一無二の存在が
滲み出る。



 





みんな、
唯一無二の存在なんだけど、
ゆいさんは、よりその感覚を
大切にしているのが
いつもめちゃめちゃ伝わってくるんだ。







ゆいさんが、
自分自身のことを話してくれる中で、




退化や停滞しているように感じる自分
過去ばかりを見る自分



それについても語り合ったけれど









いろいろ話してくれることや
いろいろわたしに聞いてくれること





そのどれもが、


ありきたりな言葉とかじゃなく
取って付けたような言葉とかじゃなく
どこかから持ってきた言葉とかじゃなく





どこを切り取っても
自分の中にある言葉というか



深くから言葉を出し合い
紡ぎ合い
響き合った



まさに奏で合うセッションのような時間だった









笑ったり
泣いたり
心が動いて
胸がいっぱいになった








こんな風に
響き合えることが


嬉しい



心からそう感じた。









わたしは、
断片的なものでもいいから

出してもらうからこそ
感じられる部分があって






ゆいさんが出してくれた想いや言葉
疑問に感じていること
グルグルとしているように感じていること
わたしに向けてくれる質問



それを
わたしも言葉にさせてもらった。






文字での言葉のやりとりでも、
ゆいさんがいろいろ言葉にしてくれてたから、
わたしもゆいさんをたくさん感じられていたと思う。








わたしは、
わたしの考えや言葉を正解。と思ってるのではなく、
押し付けたいわけでもなく、


ひとりひとりが持ってるものを大切にしたくって



「変える」よりも
自分の中にあったものを思い出したり、
自分が大切にしたかったもの
だけど、周りの流れや世の中の流れも含めて
引っ込めてしまったもの
自分の中で些細に感じることも
そのどれもに

熱や
血や
鼓動を


そんなあなたのままで大丈夫。って
そんなあなたで生きてこう。って
わたしもわたしの場所で立つ同士だよ。って
全身全霊で伝えたいというか







それを一方的にしたいわけでもなく、
ひとつひとつのものを大切にしながら
体感に響かせていくというか



笑ったり
泣いたり
心が動いたり
胸がいっぱいになる中で


体に残っていくというか





今すぐじゃなかったとしても
ひとりひとりのタイミングで
また体から響き湧くような
体の芯からひらくような



揺るぎない自分自身である感覚というか




香りにしても
響きや紡ぎにしても
そんなものを届けたい想いがあるんだ










ゆいさんが、
~響き~にお申し込みしてくれたきっかけは、


最近すごく疲れていること
受け止める自分のキャパが狭くなっているということ

そんな今の自分で、人と関わることの葛藤



言葉に出来るか分からないけれど、
聞いて欲しい。という想いからでした。






(続きます)