この記事を書いて、




あの時、
中学生のとき



わたしの背景を母が知らなかったように



わたしも、本当の意味では当時母の背景を知らなかっただろう。








子どもを育てる。
子どもと暮らす。



それは、
共に生きるだけでも、
お金もかかる。





子育て中 
キレイな言葉だけを出せるわけではないこと。





自分が母となり
痛感する。









母は、いつも
父の収入が少ないことや
受験に落ちたら
市立だなんて家計は火の車だ。と
言っていた。







わたしが受験生の時
クラスでの男子からのイジメが一学期から卒業式まで続いたこと。


毎晩、明日が来なければいいと1人涙を流したこと。


早く1年後になって、
顔を合わせない生活になりたかったこと。


小学校の頃も
不登校で母を悲しませたから、
もう自分で耐えようと
なんとか毎日学校に行ったこと。


高校になったら
もういじめの主犯格のアイツと離れられる。と思っていたのに、
受験校が一緒だったと知った絶望。



受験日に、体は正直で
高熱が出たこと。



もう、限界で「受けたくない」と言ったけれど、
母に病院の点滴と
受験校に引っ張って行かれた受験日。






母には言わなかったし、
母は知らなかったけれど、







わたしも必死だったけど、






きっと、
母も、必死だった。







日々、ご飯を食べさせてくれて
日々、家族に注ぎ

受験に向けて
塾にも行かせ

父との間に
いろんな葛藤も抱えていたり


受験日も
きっと
家計のことだけなんかじゃなくて


その日まで受験勉強を頑張ったわたしのためにも
なんとか、今日までは!
熱だろうが
下痢だろうが
受験を乗り切って、、!

今日までは、、、!!





そう、
思ったのだろう。



全てを計り知れるわけではないけれど。







卒業式の次の日、
不合格者にだけ来る一本の電話が鳴ったあと




母のうなだれた様子に



わたしの願いは
ただ、頑張ったね。と抱きしめて欲しかった

それだけだったけれど




この1年、よく生きた。
それだけだったけれど









お互い、
お互いの背景を
知らなかった。







今、母にも

「よく頑張ったね」
そう想う。



「ごめんね」も
「ありがとう」も

そう思う。






わたし達は、
抱きしめ合うような親子ではなかったけれど



あの頃に
「頑張ったね」と


母にもまた
そう思う。