今日、由香さんと話せる!
って思ったときに
由香さんに全部聞いてもらおう〜♪
って思って、子どもみたいにウキウキと
ぜーんぶ吐き出しました![]()
全然まとまってないし
話は前後するし
きっと聞きづらいところもあったと思う。
でも、由香さんなら!って、
胸を借りるような
素直に甘えられるような
そんな人なんだよね、由香さんって。
って、これ!
まさに、わたしのやりたいことで
在りたい姿で
全然まとまってなくてもいい
言葉の断片でもいい
ぐちゃぐちゃでもいい
そんな自分を
安心して出せる存在でありたい。と
思ってる。
まいまいさんが書いてくれて、
あぁぁ
わたしの想いをめちゃめちゃ受け取ってくれている!と
すごく嬉しかった![]()
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まいまいさんは、
これまでも
「何でこんなにしてくれるんですか?」
と言っていたけれど
もうほんと、
こうやってわたしの方こそこんなに言葉をもらって
めちゃくちゃ嬉しい。
わたしの中にある
注ぐことが喜び。
もうそれだけで、
喜びとして存在させてもらえるのです。
そんな想いを
まいまいさんがめっちゃ言語化してくれてた。。!
愛を注ぐことが自分の喜び
って、こんなに澱みなく言い切る人って
会ったことないかも。
私の中には
万人に惜しみなく注ぐ
ってことが“ない”から
想像するしかないんだけど
注いだ想いが美しく循環して
自らの喜びとして戻ってくる
という回路が、由香さんの中で
ナチュラルに、作動しているんだと思う。
それをなめらかに動かしているのは
由香さんの中の
ピュアさだったり
自分をまっすぐに生きようとする
真摯さだったり。
自分の中が拗れていたり
打算や損得勘定でやってると
すぐに不具合を起こして
こんなに美しい営みにならない。
そう、由香さんが
誰かの話を聞いたり
それに対して言葉を返したり
それは、生きる中にある
“営み”の一部なんだ。
絶対に否定されない安心感。
疑う必要のない丸腰の自分のまま
時に、傷ついた心で
身を委ねるように。
必ず受け止めてもらえるという
信頼感を持てる喜び。
まいまいさんは、
わたしがブログを始めて
しばらくして、性やパートナーシップのブログをメインで読んだり、探究してる中で出会った人で。
最初から、がっつり絡みがあった、とかではないけれど、
出会ってもう5年くらい、かな?
まいまいさんを見させていただきながら
すんごい体当たりで
いろんなチャレンジをしてるな。って
すごいなぁ。
勇気があるなぁ。って
そう思っていた。
傷つくことすら取りに行くような
傷つくことすら経験しに行くような
チャレンジして
またチャレンジして
またまたチャレンジして
傷が癒えてないままで
止まることなく
飛び込んで行くように見えた。
何が、まいまいさんをそんなに突き動かしているのだろう?と思っていたけれど
~響き~の中で、
まいまいさんが、
自分の中で
もう長いこと長いこと
・旦那さん
・お母さん
そのふたりのことが、自分にとっての柱だと
いろんな想いを出してくれた。
それを聞いてね、
まいまいさんが、
いろんなチャレンジをしてきたのは、
まいまいさん自身が
中川麻衣子という
自分の輪郭を知りたくて知りたくて
べったりくっついた愛じゃなくて
べったりだとどちらが自分なのか
境目のわからなくなる愛を
自分の輪郭を知って
切り離す痛みがあっても
その自分自身で立ちたくて
ただ自分自身で愛して
ただ自分自身で愛されたかった
それだけだったんだろうな。って
そして、
もがく経験の中で
わたしの欲しい愛はもらえない。
わたしが欲しい愛はこれじゃない。
わかってもらえない。
そう感じてきたことさえも
中川麻衣子。という存在でしなやかに立てたときに
あぁ。
ほんとは、ずっと愛の中にいたわ
って、
ぶわっと
芯からほぐれて溢れるように
包まれるように
愛を思い出すんじゃないかな。
