卒園。という節目で、
いろんなことを思い出します。



そして、
いろんなタイミングで、
わたしは、息子の生後3ヶ月のときに、
わたしのホロスコープをみてくださった
あいキイロさんのおっしゃった言葉をね
思い出すの。




頭に
体に
響くの。

 


今はね、

子どもを生むことで見えてきたものを忘れない

気づきを日々積み重ね、
ブログか日記に書く。

書くことを大切に。

書くことでゆかさんはゆるむ。




という言葉を思い出す。






自分にとって、
書きたいこと。だけでなくて


書くことではない。
そう思っていることこそ
最初の頃は勇気を出して投稿したなぁ。



書くことではない。ってのはさ、

何ていうか
わたしにとって日常すぎること、とか
当たり前過ぎて「わざわざ書かなくても」って自分が感じちゃうことことか
「この日常読んで面白いと思ってくれるのか」って自分が人目を気にしてしまうこと。



あとは
「え?こんなこと思ってるの」とか
「こんなことしてるの?」とか
否定されたり引かれちゃうんじゃ、、、って
自分の中で思うようなこと。




これも実は、自分の中では日常なのです、、みたいなこととか






今の息子の担任の先生は、
息子を3回受け持って下さったけれど



出会いは
息子が2歳児のとき。
担任をしてくださった


その頃の息子は
可愛い見た目に
激しい中身な頃
わたしに対して。





わたし、
母になったとき


わたしがおおらかにいれば、
わたしが受け止めれば、
オッケーっしょ(*^^*)

みたいな感覚でいた





だけど、
息子は案外そんな一筋縄では行かなかった😂




そんないつ、終わるのだろうか。って日常が続いたとき
これを書いた。



 






わたしがおおらかにいたって、
どーしようもない時もある。


を痛感した。





この次の日の朝、
ちょうど先生がいて、

普段の朝のように
おはようございまーすニコニコの挨拶で通り過ぎる先生を

引き止めて!!!





話をして
「保健センターに相談に行こうかな、と思って」
みたいなことを話したりした

 





ここで先生に話せたこと
誰かに話そう。と思えたこと
実際に話したこと
書いたこと


そこから
わたしは書くことも
話すことも
もっと自分を出そう。と思うようになった



先生が
真摯に受け止めてくれて


そして、
息子のことも
わたしのことも受け止めてくれて



出すことで
繋がりが深まるような
安心できる場になっていくことを
体感させてもらった





子どもも成長する
日々も過ぎる


いいことだって
嫌なことだって
過ぎていくけれど


「どうせ過ぎるから」って
振り返ったときに
中身がすり抜けてしまうものじゃなくて




わたしは、
いいことも
嫌だなぁって感じたことも


今感じたことなら
今、気づいたことなら
それを書いておきたかったのかもしれないな




いつも
過去を感じたときに
そんなに今を一生懸命感じられることが幸せよ
愛おしいことよ


って
感じているから。





それはきっと、
未来のわたしが
今のわたしにも言っている。





だから、




「書くことではない」そう思っていることも
わたしには書くこと。になるし
書きたいこと。だったりもするんだ



今を切り取って


この瞬間に愛を込めて







卒園式はあったけれど、
30日までは登園で、
昨日の夜、雨が降ってたから
今朝の道の葉っぱのしずくが光に照らされキレイでね




それを見てたら
息子が
「あ、つくしだ。
春が来ましたねぇ。」と





つくし、気づかなかったよ。
普段通るから、あると思ってなかったよ。
ほんとだ。
久しぶりに見たよ。


春が来たねぇ。
日常が変わっていくように
登園が残り僅かなように
冬から春になって来たんだね🌸




同じ場所にいても
自分の視点だけじゃ気づかないものがあるね。
気づかせてくれて、ありがとう♡