今、おつくりさせていただいている香りがあって、
その方とやりとりさせてもらいながら、



その人の感覚を感じたくて、
感じたあと、
言葉を紡いでいくんだけど







こんな風に言っていただいたとき、



わたし、
感覚的なものを、
その純度のまま
寸分の狂いもなく言葉にしたいの

香りにしたいの





そこに無意識にエネルギーを
めちゃめちゃ注いでいるのだと
気づいた。






相手が誰であっても
自分であっても
一人ひとりに


 




ちぇるちゃんが


こう言ってくれて。







ちぇるちゃんが創ってくれた、
Naked meの画像は、


目から下の画像だった。







目があると強くなりすぎちゃうから、と




こちらになったんだけど、











そう。今は、




目が入るのが、

わたしもしっくり来る。




自分の、
心意気を感じる。





そして、

ちぇるちゃんが

一番最初に言ってくれてた





祈り。





わたし、言われるまで
全く自覚が無くって




だけどね、
最近、


 


結婚するときに母に「これだけは」とふたつ言われたひとつでもある
購読している新聞を


最近は、朝か休みの日に
目についたのを読んで。


わたしが目に留まるのは、
だいたい、誰かの
生きてきた実体験。




それを読みながら、
わんわん泣くほど涙が出るのは、


その人に感動する、それもあるけれど、、




「私には、お母さんの祈りが染み込んでいるんです。
何があっても、人生は謳歌できる」


その言葉を見て、、、





わたしも、
祈られてきたんだ。

生まれる前から

祈られてきたんだ


ずっと
ずっと



そう、気づいた。




それを
この命に感じて

震えるように泣いて




そして、
「これだけは」と言われ持って行ったもうひとつ。


それは、
祈りなさい。ということだ。
この命を
この命で、
祈って祈って祈りきりなさい。
ということだ。

この命で切り開いていきなさい。
ということだ。







だから、
わたし、

この命を
目の前のひとりひとりに
使っていくんだ



感覚的なものも
その純度のまま
寸分の狂いもなく言葉にして




わたしが縁する目の前のひとりひとりに。







今は言葉を必要としていない。
人によってはそんなときもあるだろう

それもまた、それぞれの感覚や経験や時を大切にしながら。
言葉じゃないものでも、届けたい






まっすぐに見て言葉にするのも、包み込むように真ん中に触れるのも、どちらも、なのかもね