京さんが、

DIR EN GREY、sukekiyoとはまた別に

さらにもうひとつのバンドを結成された。







数年前、

わたしの価値観の中で、

衝撃だった。





え?バンド、2ついいんだ!

解散でもなく、、、!と。

いや、解散したらめちゃめちゃ悲しいから、それはそれで嬉しいんだけども、、!








その姿もまた、

年月をかけて

「ひとつでなければ」という

わたしの価値観をじわじわと解き放ってくれたように思う。








このインタビューを読んで、

 



──で、歌詩の世界もやっぱり京さんの世界観がすごい色濃く出ている。


京:あ~まあ、そこは……うん、そうっすね。変わんないっすね。

──歌詩の世界には京さんの個人的な気持ちとか感情とか日々思っていることが強く投影されている?

京:そうっすね。まあ、僕、もう自己評価がめちゃめちゃ低いんで。常にそんな感じですかね。

──これだけ長いことやって成功してても?

京:いや、成功したって一回も思ったことないですね。

──ああ、前にそれ、おっしゃってましたね。

京:はい。僕、欲みたいなのがないんですよね。目標とかないんですよ。だから満たされないんですよ、何やっても。

──満たされないままずっとやり続けている。しんどくないですか?

京:しんどいですよ。だから、逆に満たされたら、そんな歌詩、書けないんじゃないですかね。

──確かにそうですね。京さんは常にそういう状態だから、DIR EN GREYだろうがsukekiyoだろうがPetit Brabanconだろうが、やっぱり京さんの内面が歌詩に強く投影されてしまうっていう、そういうことなんですかね。

京:そうっすね。うーん……だから歌詩とかでも、悩んだことないっすね。







わたしが、

京さんの表現するものから感じて受け取っている部分って、

こういうところなのだと感じた。







自分の性質や

素材って



人それぞれで。




右向け右。じゃない。





好きだから、

同じ表現になるわけでもない。




周りを見て出すのを止めるでもない。





この

『自分自身』というのか、

自分にあるもの

自分の中に在る世界

感性

それを、まっすぐに放てるその生命力。





その姿勢に、

惹かれるのだ。






俺、凄いだろう。とかもない

誰かをどうこうしよう。もない



淡々と、

自分を表現する



その、内に集まり漲る

純粋なエネルギー








ドラムのShinyaさんのYouTubeを観ていたら









GLASS SKINを聴きたくなって

久しぶりに聴いてたら




痺れた。




ただ崩れゆく

旋律さえ


甘く

綺麗で

怖い



太陽にさらされた

影が焼け付く

心に触れ








京さんの歌声って、

DIR EN GREYみんなの混ざり合う音って、

わたしにとって

鎮魂歌みたいな感覚というか




自分の体に

自分の心に

自分の真ん中に

エネルギーが

じわじわじわじわと


じわじわじわじわと

集まりながら



どんな場所でも

どこからでも

この身ひとつでも

お仕事でも

香りでも

何の役割がなくとも



わたし。という

この存在を生きていく。という

その覚悟を静かにもらうんだ




バラバラになっても

集めて

また集めて





さらに



ふつふつと

脈々と