ゴールデンウィーク前に届いたDIR EN GREYの朧は、だいたいひとりでひっそり楽しんでいたんだけど、
(ひとりでひっそり楽しむのは昔からでもある。
趣味が合う人となら分かち合えるけども、押し付けるものでもないしな。みたいな感じで)
子ども達が朧のイントロから覚えたようで、
曲が流れると「あ!ママの好きな歌!」と言ったり、
なんなら息子がなんとなく口ずさんでいた😂
生産限定版のDVDを観てたとき、
最初の画面がCDジャケットと同じで
娘に「この子は誰??」って聞かれて、
この子は誰かわたしも分からなかったけど、
「おぼろちゃん」と答えた
タイトルのまんま😂
で、
朧まみれのゴールデンウィークにいづみさんに注文していた香りやら
リココさんのアクセサリーも届いて
写真撮ったりしてたら
娘が
「あ、おぼろちゃん
“ご・め・ん”
おぼろちゃん、“ごめん”と何て書いてるの?」
と。
「・・・わたしを許して。ごめん。
だよ」
そのまま伝えた。
その言葉に、
「許すって、難しいんだね。」
そう言った娘。
その娘の言葉になんかハッとした。
“わたしを許して
ごめん”
曲を聴きながら
わたしが一番印象に残っている歌詞でもあったから
聴くといろんな感情が入り交じったものが自分の中から込み上げるような歌詞だったから
許されたいような出来事って、
許してって言うのも気持ち悪くなるような、
愛って言葉じゃ片付かない
清濁合わせ持ったいろんな感情がでてくる
許す方も
許される方も
許さない。ということも
許されなくていい。と思うことも
許して。と思うことも
許さないで。と思うことも
それぞれの立場から見る
ひとつの“許して”って出来事は、
それぞれの立場でまた彩る感情や感じ方を変える
愛も許しも
型にはめられるものでもないから
何が正解でも
何が不正解でもなく
・・・と、
まとまりないままそんなことを感じたワンフレーズ
愛や許しとかって、
そのときの自分のキャパというか
器というか
それを自分が自分で感じる言葉だな。とも思った
狭いも広いも大きいも小さいも深いも。
そのどれもいい悪いもなく、
ただ今のわたしを知るもの。
そう感じている自分を知るもの。
今自分がどう受け取ってるか感じるもの。
そして、
名前のつかない形を持たない感情だとしても
愛したいし、
許したいのかもしれない。


