前回・前々回の記事を書いたあと
たどり着く気持ちがあった。
何でもだけど、
事実は事実としてあるとして
ただ、自分がどこを見ているかで
感じ方は全く変わる
どこを見るというか
今、どこに自分が存在しているのか
ただの事実を
どう捉えて
どう感じているのか
今、その自分が存在している
本当の気持ちに辿り着いたとき
そのときに見える世界
というか
感じる世界が
ふわっとゆるむ時に
あ、固くなってたんだなって
気づく
事実と幻に気づいて見たとき
めちゃめちゃ恥ずかしくもなるけど
どの瞬間もそれがわたしとして存在していただけ
辿り着いた気持ちは
わたし、ただ寂しかっただけだった
新しいことを始めて、
それがその人のやりたかったことだと知っていたから
ずっと知っていたから
見守っていると自分でも思ってた
だけど、
それもありながらも
自分の方を見てもらえないように感じたことが寂しかったんだな
そう感じる自分も同時にいたんだなと気づいた
「わたしの方も見てー」って、
寂しく感じた気持ちを
本当は柔らかいままに素直で可愛い感情だったのを
感じなかったことにして
無かったことにしたら
閉じていった
そしたら、
結局
体全部が
寂しいとか悲しいで
いっぱいになって固まるような感覚になった
なーんだ。。
感じないようにしたって、
ちゃんと感じるなら
どうやっても感じるなら
痛くても恥ずかしくても
感じたままをまっすぐに受け取ろう
自分が自分で感じたことくらい♡
(くらいって愛を込めて言ってます♡笑
それは自分でまずやれよ♡って笑)
「わたしを見てー」って
自分で自分をちゃんと見てあげる
でも、
好きな人にもちゃんと見てもらえたら
嬉しいよね
わたしにとってのいい男って
ちゃんと見てくれること
ちゃんと見てくれるって表現も曖昧だけど
これこそ
そのときに感じるものでもある
でも、ちゃんと見てくれる人がいることも
改めて感じた
わたしは、
その、見つめる目が好き
わたしの存在を
わたしのその奥を
わたしの本質を
見つめてくれる目が好き
その眼差しが好き
優しすぎて
泣きたくなる
その眼差しから
愛に触れる


