ここ最近、息子の喉の痛みから、
お仕事早退したり、
息子のグズグズで夜中眠れなかったりで、
今日は久しぶりに一人のゆっくりとした時間。



何だろう、
男の子って本当に甘えん坊よね。えーん









今月は会社の決算月で、また売上について考えていた。





前は本当に、

売上とは?追われるもの

って感じてたし、
追われるところばかり自分も見てたし、
苦しかった。




そして、今回また

売上とは?を考えたとき、
一瞬、追われるものと出かかって、
その設定やめたんだったわ、と思った。








このときに、

売上とは
わたしと繋がったオマケである
お客様と繋がったオマケである



と書いたけれど、

ここからまた感覚が変わった。








変わった、というか、
なんかね、上に書いた売上の設定は


わたしが入って
わたしがお客様に対応して
わたしがお客様と繋がって

そして売上が上がる







みたいな感覚に近かった

わたしがって力が入ってた

無意識だったけどね







でもねぇ、思ったの

わたしがいる日もいない日も(出勤してる日してない日)
売上は上がる日は上がっているし
他のスタッフがわたしの担当のお客様に入ってくれて、他のスタッフが売上を上げてくれることだってある


わたし以上の想いで、
一生懸命してくれていたりもする



わたしが、と
繋がっても繋がらなくても
売上は上がっていた




売上を追いかけなくても
売上を探さなくても
お客様に来ていただくように電話で何度も呼び込みまくらなくても




わたしにとって
簡単に今に注げるのは、

その日1人でも来て下さる方がいるなら
その人に
そのときのわたしで接することだった





キラキラでも
メラメラでも
ギラギラでも無く

無理やり沸き立たせるわけでもなくて




今のわたしで関わることだった







そして、
わたしで在る
を積み重ねていくことは、


自分だけ良ければいい、とはなりようがなくて
自分本位のやり方や
傲慢な接客にはなりようがないことを
体感で刻んでいった













改めて自分に聞いた

売上とは?
は、


どこからでも無限に展開していくもの

だった。







わたしの、の境目を無くす

その感覚を体感した気がした





ずっと、

わたしの!とか
わたしが!じゃないと
いけないと思っていた

自分が頑張らないといけないと思ってた
自分で頑張らないといけないと思ってた






わたしの売上
わたしのお客様
わたしの手柄

わたしの
わたしの
わたしが・・・

じゃなくて・・・















「ゆかさんじゃないとダメです」
もう、それはあっても無くてもいい





わたし、を握りしめなくても
もう、あるのかもしれない






わたし
という境目が溶けたところに




そしてそれって
力まずに自然と
繋がっているということなのかもしれない







蜷川実花さんの人間失格のしおりを本屋さんでもらった♡うれしい♡♡