つづきです



3月、
りゅーちゃんに会って話をするために、
お休みをもらって会いに行った。


別れ話をするときに、
Kさんのことは伝えなかった。





「俺の唯一の癒しだったのに」
「ずっと一緒にいようと考えてたのに、たった10ヶ月会えなかったくらいで」

駅の改札口で、
りゅーちゃんはそう言って泣いた。


「たった10ヶ月会えなかった、じゃないよ。
わたし、何度も伝えた。
今会いたいって。
別にさ、毎月とかじゃなくたって、
ちょっと顔見れるだけでもよかったんだよ」

「仲良しなときに、こうやって会いたかったな
ゆかちん、楽しそうだったのご飯食べてるときだけだった」←ごめん。笑






気持ちって、
変わるんだよ。
変わらないものもあるのかもしれない。

育んでいくことだって、
今の気持ちを無視して、
今の気持ちに蓋して、
育むなんて、続けるなんて、
出来ないんだよ。






「りゅーちゃん電話じゃ、納得してなかったし、
会ったほうが伝わるなって思った。
気持ちは変わってしまったけど、
大切に思ってたし、
ずっと会いたかったから」
そう伝えた。








そして、わたしとりゅーちゃんは、
お別れした。













Kさんとは変わらずな日々が続いた。
とても穏やかな関係。
体は激しく求め合うけど、
話す時間はふんわりと柔らかい空気が流れて笑い合う。

幸せだな、って思った。






わたしは、Kさんにこれ以上は求めなかった。
わたしからは何も言わなかった。








たまに、Kさんが
「彼女に、別れ話したんだけど、
別れてもらえなかった」と言って、
わたしは
「そっかぁ」とだけ答えた。









穏やかな中でも
揺れ動いた。
わたしは、自分だけのものにしたいの?
本当の望みはなに?










助産師の同い年のお客様に、

「女は子宮で恋をするからね」

「答えを出さないことが、
相手の答えなことも、あるからね。
ゆかちゃん、傷つかないように」
そう言われた。






そのとき、
25歳のわたしにも、はっきりと残った。

“女は子宮で恋をする”






それなら、
体で恋をしたって、
いいじゃない、と思った。
傷ついたって、
答えが出なくたって、
それでいい。











実家に暮らしていたから、
母には
「あんたさ、
いつも夜中出ていくけど、
お母さんに言えないような人と付き合ってるの?」
と聞かれた。








“お母さんに言えないような人”
そうだね、
そうだったかもしれない。

早く娘に結婚して欲しくて、
孫を産んで欲しくて、
母になったら女を捨てて欲しくて、
そんなお母さんの枠からしたら、
お母さんに言えないような人だったかもしれないね。









お母さん、ごめん。
でも、わたし、
オンナの幸せを知ってしまったから。
誰に何と言われても、
これがわたしの幸せだから。
そう心の中で思った。













(つづきます)