わたしは、去年の12月の満月の日に、
告白をしました。




この記事にも書いたけれど、
(あ、告白のことは書いてないけれど)
気持ちが満ちて
溢れて
もう自分ではどうしようもなかった。





出会おうと意図して出会ったわけではなく、
体の痛みを自分で塗り替えていくことを許して、
体の痛みがすっかり無くなったときに出会った。





最初は、
自分の気持ちに気づいても、隠した。

たぶん、自分にも隠した。






気づいたら、終わってしまうと思った。






やりとりして、話が出来るなら、
それだけでもいいと思った。






でも、どうしても気持ちが溢れて、隠せなくなった。
自分に。







もう、2度と連絡も取ってもらえないかもしれない、
怖かったけど、
気持ちを伝えたの。








わたしはあなたの全てを知ってるわけじゃないし、
ブログに描かれていることと
やりとりで伝わってくるものしか知らないけれど
そこから伝わってくるあなたそのものが好きなんだと思います。


何だか、溢れてきて、
伝えずにはいられなくなってしまいました。


突然、気持ち悪いって思われてしまうかもしれないし、
もうやりとりも出来なくなってしまうかもしれない。

そう思ったけれど、
今、伝えたくなりました。



あなたが大切にしているものがあって、

それでいい。
何もいらない。
何もいらないから、
すべてをひっくるめて、
今、伝わってくるあなたのことが好きです。

 
そこにいて、
ブログで表現してくれるだけでいい。


この気持ちを
自分の中だけで感じていようと
何度も思ったけれど、
不思議と湧き上がってくる想いを
伝えずにはいられなかったです。


こんな風にひとりよがりに伝えて、
ほんとにごめんなさい。

わたしは、あなたのことが好き。


大好きなあなたの幸せを願っています。







そう、伝えました。




何も詳しいことは知らなかった。
知らなかったけど、
体が反応したんだよね。





好きな気持ちに条件は関係なかった。







そのあと、
年齢も
住んでる場所も知った。




歳を数字で表すならば、
わたしと17歳離れてたし、


近いか遠いか、
物理的なことを言うならば、
近くはない。
飛行機があれば1時間ちょっと






でもほんと、好きになることに条件は必要なかったんだよね。







とても特殊で、
でも、特殊さを除けば、
ただ、その人が好き、それだけだった。






そこから、毎日やりとりをして、
形があるようでないお付き合いが始まり、
言葉で
声で想いを伝え合い
気持ちで繋がり
想いの表現って、ほんとにいろいろあるんだと知った。








距離って何だろう
繋がるって何だろう
近いって何だろう
遠いって何だろう
愛って何だろう
わたしの望むパートナーシップって何だろう?


最近そのことを自分の中でとても考えていて





まだ模索中のものもあるけれど
いろいろ言葉が浮かんで
最後に出てきたのは

愛はそこにあるもの
すべてを包括する
包み込む
やさしい
やわらかい
あたたかい
満ちる
溢れる
なくならない
わたし
わたしそのもの
愛を感じる
愛に触れる
あなたそのもの
失っても
離れても
あるもの







怖さもある
周りに意識が向いたとき


でも、内側にひたすら集中したとき
満ちて溢れる




失敗という表現がしっくりくるのかわからないけれど
失敗という経験をしてもいい
間違ってもいい
もっと向き合うところとか
もっと見るところがあるのかもしれない
常識的ではない

でも、今自分のこうしたいを無視して前にも進めない







溢れるままに
明日、会いに行ってきます。