子どもと過ごす中で、
何かに対して、子どもに「何で?」を聞かれたときとか、
子どもにその「何で?」の意味を言葉にするとき、
自分の発した“言葉”に
すごーく、違和感を感じるときがある。
表面的な言葉というか、
上滑りというか、
表向きのような、
世間体のような、
わたしの本心じゃないというか、
設定というか、
その説明って誰に対して??みたいな。
そんな、イワカン。
でも、これって、子ども相手じゃなくても、
相手があっての会話の中でもあることかも。
自分の内側で感じてることと、
言葉にしたときの、言葉で伝えるときの違い。
子どもとの関わりの中で感じた言葉の違和感は、
例えば、誰かが子どもに「あなたのためを思って言ってるんだよ」って言葉を聞いたときに、
ざらり、、、と違和感を感じて。
それって、何でだろう??と思ったら、
「常識ってこう」「正解ってこう」って教えてやってる!でもなく、
押し付ける、でもなく、
子どもより上だ、とかでも
子どもより下だ、とかでもなく、
やっぱりやっぱり
育み合いたいからなんだな。って思った。
わたし自身、子どもの頃から、言葉ですぐに表現できないことが多くて、
「何で言ってくれないの?」って聞かれることも多かった。
それって、
内側と一致する表現を見つけていきたかったからだったのかもしれないなぁ。
すぐに感じたことが言葉にならなくて、モヤモヤしても、
わたしと育むために、
世界と育むために、
感じながら、言葉に繋がるときを待つ。
表現出来るときがくる。
そのときを、待つ♡
内側から感じたことが、
自分の中で表現出来たとき、
胸の底、というか
お腹のところ、というか
そのあたりから
じわっと込み上げてきて泣きそうになる。。。
言葉に表現したかったこと、それだ♡って一致する瞬間。
そんな瞬間を、たくさん積み重ねていきたいな♡