大好きなGACKTのクアラルンプールでの生活の様子が、所さんの番組で放送されていました



マレーシアのクアラルンプールは、
多民族・多宗教・多国籍
いろんな人たちが住んでいて、
お互いをリスペクトしながら生きている、と。
さまざまな価値観の中、お互いを認めて共存している、と。
そして、日本人は、英語や外国語を話すことに抵抗がある人が多いけれど、
クアラルンプールではみんなが外国人。
そんな多国籍の人たちの集まりの中でのコミュニケーションをこう話していました。
「英語を使わないとコミュニケーションができないから、
みんな一生懸命英語を使うわけさ。
もちろん下手な子もいっぱいいる。
でも、下手かどうかではなくて
伝えようとする意志が大切」
下手かどうかではなく
伝えようとする意志
その言葉が胸に響きました。
それって、日本語でもいえること。
“わたし”という人間を伝えようとする意志なのかな、と思いました。
“わたし”そのものを表現することとか
I think
I feel
わたしはこう思う
わたしはこう感じるを表現すること
(⬆上の英語の使い方も今思いついたままに書いて合ってるかあやしいですが)
あと、前にニコ生でも話していたジムの話。
Aさんが懸垂棒?の下で腕立て伏せをしていて。
そこにBさんがやって来て。
Bさんは懸垂棒を使いたくて、Aさんにそこを貸してくれと言ったら、
Aさんはノー!と答えて。
それに対してBさんは「オーケー
」

」と笑顔で言った話。
「使っていいですか?って質問には、
イエスもノーもある。
でも、日本人はノーの答えを持っていない。」
って、
何かね、わたしこの話を聞いたとき、
「あれ?これってもしかして、
対等の世界に通じるのかも??」
って思って。
本当の思いを伝えたあと、
想いを放ったことで
相手をコントロールしようとかじゃなく、
相手から返ってくる答えはどんな答えでもいいんだよね。
イエスでも、ノーでも、ちょっと待ってでも。
うん。
だから、いい言葉で相手をコントロールしよう、とか、
この言葉を言ったら相手はこう動くだろう、とかじゃなくって、
自分が本当に思ったことを相手に伝える。
ねじ曲げた言葉とかじゃなくて、
ピュアなそのままの気持ち。
そのままの想い。
それは、立場がAさんであっても、
Bさんであっても。
気持ちを伝えた。以上!みたいな。
その上で相手から返ってくる答えも尊重する。
対等な世界であれば、
出てくる言葉もにごりないピュアなものかもしれないな



でも、GACKTはずっとコミュニケーションを大切にしてる。
昔から自分の気持ちや自分の考えを大切にして、「ボクはこう思う」と気持ちを伝えて、
その上で「君はどう思う?」って。
真っ直ぐに伝える姿勢、聞く姿勢。
伝えることと聞くことがセット。
GACKTの言葉は、
いつもいろんな気づきとか、そうありたいなとか思う在り方をたくさんくれて、そんなところも大好きだなぁ





GACKT、大好きだなぁ

⬅2回目


⬅2回目
そしてわたし、英語を学んで
クアラルンプールに行ってみたいッッ!!





わたしの新たなパッション



英会話でコミュニケーションが出来るようになること
クアラルンプールに行くことどちらも体感してみたいな





そして、どんな場所でもシンプルにわたしで在りたいな



