最近またDIR EN GREYの曲を聴きながら感じる。
あぁ、わたしはやっぱりバンドの生み出す音が好きだ。と。
自分が10代や20代前半のときのような、
京の表現で自分の中にある痛みをより強く鮮やかに感じ
痛みを増すように
消えてしまいたい気持ちを抱えながら痛みで痛みを包み込むみたいに音楽に身を委ねた頃の感じ方とはもう違う。
それでも、DIR EN GREYの音楽を聴いた瞬間
細胞が喜ぶほどに沸き立つし
それに対してじわじわと心地よく
身を委ねられる。
聴きながら目を閉じると、
まるで宙に浮いてるような感覚になる。
体が浮いて漂いながら、
バーンと色の世界に包まれるような感覚になる。
それは、鮮やかな赤だったり
深い青だったり
仄暗い限りなく黒に近い繊細な模様だったり
舞う花びらだったり
音が全て降ってくるような感覚だったり
浮いた体を360度どこからでも音で包まれているような感覚だったり

あぁ、
このメンバー一人ひとりの混ざり合った音や世界観がたまらなく好きだな、と思う。
そしてやっぱり見てると、この人から目が離せなくなってしまうんだよね。


京が
「過去の自分にどんどん興味がなくなってきてるんだと思う」
「新しい自分になっている感覚が今は常にある」
って言っていたように、
昔とは表現は違うこともある。
それは、人が変化していくのは自然なことでもあるけれど、
純粋に今の自分から100パーセントのものを出してるからこそ、
出したものはその瞬間に過去になって、
またどんどん新しくなって、
そのときそのときの“今の表現”になるからなんじゃないかな。
そして、出されたものを受け取る側の感じ方は、受け取る人それぞれでいいんだと思う。

「自分が抱えている熱量っていうか……個展の話に戻りますけど、燃えてるものをどんどん出さないともったいないじゃないけど、それを出してこそ、“自分”がいる意味があるのかなと思うんで。そうしないと無駄に死んでいくような気がして。」
「僕はその人の人生観を感じられるものが好きだから、ただ言われたままなにかをやっていて、その人の意志がまったく見えないものには興味がないんです」
「本当にやりたいことって、自分ではやれているつもりでも、実際は「これをやったら嫌がられる」とか「売れなくなる」とか、そういういろんなことを考えるうちに、ちょっとずつ捻じ曲がってたりするじゃないですか? それで最終的に行きついたものって、「普通」だと思うんです。だから、僕はなるべくそういうものを排除して、純粋なものをそのまま形にしたくて。」
何かのインタビューでそう答えていたけれど、
ステージの表現も大好きだけど、
ものすごい熱量の凄まじい表現欲でいろんな形で表現していくところもまた好き。


sukekiyo 表現する姿がものすごくセクシーだなって、惹き付けられる。
ボーカルを超越した、表現者だなって思う。


純粋に今の自分を全て出すって、
すごいエネルギーだけど、
純粋なエネルギーで、
ある意味無防備でもあって、
わたしはそこに色気やセクシーさを感じるのかもしれない。
実際は、
圧倒的な表現力と存在感に思考が止まって、
セクシーなんて思う余地が無いくらい
息を呑んで目を離せないことがほとんどだけど。



んー、、、まとめきれないな。

でも今これを書きたかった。
ちょこっとだけ他のメンバー

このToshiyaめちゃ色っぽいな
昨日の節分shinyaかわゆい

京さん、薫さん、shinyaさんもうすぐ誕生日
そして、今月は大好きな人の誕生日だらけで幸せだ