娘は、うどんや麺類、
お肉やお魚が大好き

日によるけど、
好きなものしか食べないときは、口にするのは好きなものばっかり
わたしは、自分自身が食べたいものを食べたいときに食べるのが好き
ムリして食べなくていいよ~
たまにお姑さんに会って、一緒に食事したりすれば、娘に対してすぐに
「好きなものばっかり食べちゃダメだよ!」
「好き嫌いしちゃダメだよ!」
「いろいろ食べさせなきゃダメだよ!」
「こんな小さいのに辛いものなんて食べさせちゃダメ!!」
食事に限らず
「ケガしないようにちゃんと見てなくちゃダメ」
「言葉がたくさん出るように親がいっぱい話しかけなきゃダメじゃない」
「なんでこんなにおしりが赤くなるまで放っておいたの?ダメじゃない」
「離婚しちゃダメよ」
あれがダメ
これがダメ
「余計なお世話かもしれないけど、わたしも、子育ていろいろ失敗したから、食事のこと失敗してきたから、この時期の子育てって難しいものね」
なんか、ダメがいっぱいでね、
いつもわたしの子育てを否定されてる気分にもなってしまうの
きゅーくつ
でもね、
思ってしまう。
どうしてダメなの??
好きなものだけ食べたらダメなの??
ケガしたらダメなの??
好きな遊びだけしてたらダメなの??
遅くに寝る子はダメなの??
おむつかぶれしたらダメなの??
いろんな経験しちゃダメなの??
世の中的にいいことしかダメなの??
大人が勝手に思い込んでる失敗ってやつ、したらダメなの??
結婚したら、子どもがいたら、
離婚しちゃダメなの??
あぁ、何か息苦しい、
いいじゃん、好きにしたって。
娘も息子もわたしも、
好きなことやりたいこと選ぶ権利あるよ。
もちろん、旦那さんもお姑さんもね。
窮屈なの大嫌い
このもやもやは、
わたしがわたしに蓋をしてる感情があるからなんだろうなぁ。。。
先日、忘れられない人を忘れていいって握りしめていた手を離したあと、
自分とパートナーだけの関係を見つめたときに、
お家のことや子どものことに対しての本音は伝えられるようになってきて、
旦那さんもいろいろしてくれて、
優しいな、嬉しいなって、そう思う。
でも、もっと根本の部分、
子どもがいるとか、結婚してるとか、条件を取っ払って、
旦那さんを一人の男性として見たとき、
男として好き??
わたし、ずっとここを見るのが怖かった。
気持ちが変化していくのを認めるのが怖かった。
だって、好きな人や好きなものって、
自分に対して“好き?”って聞くまでもないじゃない?
好き、大好きって気持ちがただただ溢れてそこにあるじゃない。
好き??
一緒にいるだけで幸せ??
離婚したい??
思いきりまた誰かを好きになりたい??
やり直したい??
今は一人になりたい??
子ども達とだけ暮らしたい??
今のわたしは、どんな人が好きでどんなパートナーシップを築いていきたいんだろう??
ここ、ずっと蓋をしてきたから、
きっと自分の望むものはあるのに、
見つめようとすると胸がドキドキ苦しくなってわからなくなるんです
この苦しさを楽しみたいのか??
自分で選ぶのが怖いのか??
好きでいてくれてることに負い目を感じているのか??
もやもや、もんもんとして苦しいけれど、
自分の本当の気持ち感じてみよう。
蓋をして押さえ付けてごめんね。
何を感じたっていいんだよ
自分の感情を殺すのも、自分に嘘つくのも、もう嫌だ
わたしはわたしの好きに生きていいんだよ


ダメなわたしでもいいよ

