“目覚めよ!”
の言葉が視覚から入って一番刺激された心の部分は、


“人や何かを好き”


と感じる心でした。



私、心の中でずっと想ってる人がいます。
(いました。)



6年も前にサヨナラした人。
旦那さんと出会う3年前にサヨナラした人。



会うことも連絡取ることもないので、サヨナラした時点で終わってるのですが、
なぜか

まだ、終わらせたくない。
この感情を終わらせたくない。と思っている自分がいました。



この気持ちは何なのだろう?と、



彼が好きなのか、
彼を好きな自分が好きなのか、
あのときの自分が好きなのか、
あのとき過ごした時間が好きなのか、

あの時の自分に会いたいのか、
あの時の二人に会いたいのか、


これって今を生きてないこと?
と、ぐるぐる考えていました。



気持ちを終わらせるには、自分でそれ決めればいいと分かっていても心のもやもややざわざわをもて余していました。




“目覚めよ!”
の言葉から、一気に心や頭からいろんな感情や言葉が溢れ出し、
何だかとっても疲れ、
感情を感じきったあと




“あー!もう嫌ーっ!
決めた!

もう心から解放しよう!
6年よ、6年。
もうじゅうぶんでしょ。

小学1年生が中学生になっちゃうって!笑

そんなに使わない古いもの握りしめて抱えて、そのスペース他に何も入りようがないよ。

気持ちも、時間も。

そろそろその場所、いい加減今の自分のために使おうよ!”



とやっと手放すことを決めました。



決めたあとも、モヤモヤやざわざわを抜けるのに少し時間がかかりました。




いろいろぐちゃぐちゃ考えてる私も、
決めた私も、
そのままの裸の私で私を偽らなくて大丈夫。
と自分に対して思いながら、
“答えは私の中に絶対あるから”と、
もやもやが抜ける時を待ちました。



夜中の授乳タイムが、眠気の中で潜在意識と繋がりやすいみたいで、



今朝、
ふっ、と




“あぁ、私
6年前にサヨナラした彼とは、世間で言うセカンドの立場だったけれど、

あのときの
世間の常識じゃなく、


触れ合える笑い合えるこの時間があれば何もいらないと
自分の好きに正直で
自分の好きにまっすぐで
自分の好きに嘘がなくて


だから相手を想うだけで幸せで
会うとエネルギーが満ち満ちて


あのときの幸せいっぱいで
素直でまっすぐな心と
まっすぐな笑顔でいられた

そんな自分が羨ましかったんだね

私の目指す姿はその姿勢や生き方だったんだね”


と思ったんです。





“目覚めよ!”は、

彼に対してじゃなくて、
好きに真っ直ぐな
本来の私、目覚めよ!だったんだね。


その彼じゃなくても、何にしても、
好きを極めまくって幸せだったもんねー♥


好きが分かって嫌いが分かって極めてたから、愛も時間もお金もエネルギーも、損得なく見返りなく注いでたもんね。





そして、今の私、


パートナー(私)の笑ってる顔が見たかったんだ

パートナー(私)の笑ってる顔が好きだったんだ

パートナー(私)に笑っていて欲しかったんだ


一緒に笑いあってるのが好きだったんだ



心から笑える選択なら、何だってよかったんだ


作ったものじゃなくて
押さえ込んだものじゃなくて

そのままの感情でよくて
そのままの感情を味わいたかった


無意識に感情を押し込んでたから、
苦しかったんだ
心が重かったんだ




今心底幸せを感じないなら、
それでもいいじゃん

幸せなフリしてごまかさなくていいじゃん

自分に対しても、パートナーに対しても

“彼を忘れられない”んじゃなくて、私が私にずっとメッセージ送ってくれてたんだ

ずっとずっと

そう思ったら、
自分のことが、今が、たまらなく愛しくなりました。




やっぱり最後に残ってるのは愛だった

愛は私の中の宇宙を救う
私をどこまでもどんなときも大きく温かな愛で包んでる
愛を注いでる

キラキラ温かい光みたいに



手放すのがずっと恐かった
大事に抱えていたかった


でも、
手放したら
解放したら
もっと大きなエネルギーが流れてきた




そのエネルギーに包まれたら何だか泣けてきた