(トックリキワタ   ずっと下に根元あり 街路にて)


"世に、
舌禍・筆禍事件といわ
れるものあり"


琉球・沖縄に関して言
えば、大きなものは四つほどあります



今日は、その中の一つ


久志富佐子(芙沙子 くし・
ふさこ)さんの「滅びゆく琉球女の手記」
について書いてみます


1932年(昭和7)、
『婦人公論』6月号に
発表された、この作品は


在京の
沖縄県学生会の抗議に
遭い謝罪文の掲載を要
求される事態に発展


『婦人公論』は、作者
の釈明文を掲載すると
共に

作品掲載の中止を発表
しました




作品は、

当時の沖縄の貧しく悲
惨な暮らしの一断面や
習俗、

東京で成功し、
出自をひた隠しにして
生きる男の姿などを
リアルに描いています


明治・大正・昭和初期
頃まで続いたとされる
"琉球・沖縄差別"に


過剰に反応せざるをえ
なかった沖縄人の心情が


作品からも
抗議行為からも窺い知ることができます

(差別的発言は今もなお...)



筆禍事件以降、
筆を断ち、消息不明だ
った久志芙沙子さんを
探し当てた沖縄の月刊
誌『青い海』は、


1973年(昭和48)11月
号で

彼女へのインタビュー
記事と「作品」「釈明文」を転載、
新たに「40年目の手記」を掲載しました

(『青い海』1973年11月号=第27号 複写)



(同上   最初の部分 文字数・行数などを変えて転載)

インタビューで久志さ
んは、

作品に対し

「小説なんていわれる
代物(しろもの)では」
ない


以前、エッセイを投稿
し、賞金をいただいたことがあったので

苦しい生計を助けるた
めの「いわば賞金稼ぎ」の投稿だったと語っています


沖縄で教員をしていた
久志さんは、


いろんな事情のある
なか、昭和5、6年頃、
作家を志し上京


執筆は27、8歳の頃
原稿枚数は、50枚

「片隅の悲哀」という
タイトルをつけて投稿


賞金が送られてくるの
を楽しみに待っていたある日


新聞広告などに、自分
の名前が出ているのを見て

「びっくり仰天」したと語っています


編集部からの連絡は、
そのあとのことで

婦人公論内部では

「"沖縄県"はうるさい
から扱わない方がいい
という意見」があったようですが、


それを「編集長が説き
ふせてハデに扱った」
とのこと


作品の騒動で
郷里では母親が寝込み

たくさんの方から
お叱りを受けるなど
大変な様子が伺えました



「釈明文」では、

抗議者の主張に
臆することなく向き合い


差別された者が
また他を差別する心根を諭(さと)してもいます


現在、読んでも
その内容は素晴らしいものだと感じます


抜粋引用してみます
(改行、行アケを施しました。
スマホで出せない文字は、ひらがなにしました)


....先(ま)づお二方の
主意は、

かう故郷の事を洗ひざ
らひ書き立てられては
甚だ迷惑の至りだから
黙つてゐろ。

又、あの中に出て来る
一人物(叔父と称せら
れた者)のためには、

皆がさうだと誤解され
勝ちだから、

謝罪しろとの申出で
ありましたが、

此の点、妾(わた)しは
何も嘘八百を並べた訳
ではなし、

又、沖縄県民全部が、
出世すると、
あの人物のやうになり
ます。と書いた覚えも
ありませんから、

どうもお気に召すや
うな謝罪の言葉が見
つからないのを、
残念に存じます。

......

学生代表のお話では
あの文に使用した民族
と云う語に、ひどく神
経を尖らしてゐられる
様子で、

アイヌや朝鮮人と同一
視されて迷惑すると
の事でしたが

今の時代に、

アイヌ人種だの、朝鮮
人だの、大和民族だの
と、わざわざ段階を築いて、

その何番目かの上位に
陣どつて優越を感じや
うとする御意見には、

如何(どう)しても、
私は同感する事が出来ません。

(此の考へは恐らく代
表者だけの御意見だら
うと存じますが)


代表の方々は、我々を
差別待遇して侮辱する
ものだといきまいて居
られたが、

その語はそつくりその
儘、アイヌや朝鮮の方々人種的差別をつけるやうものではないかと思はれます

....あの文章にもあつた
通り無理解な人達の為
めに、
一種の淋しさを味つた
事は事実ですが

そして妾自身、懸命に
云い繕つて来た過去を
持つて居りますが、

さうした努力は、無駄
に神経をいら立たせ何
時暴露するかするかと
気をつかふ結果、


神経が病的になり、
卑屈に陥る許(ばか)りだと覚(さと)つて....(略)

考へを更(あらた)めました。

........

妾は、故郷の事をあし
ざまに書いたつもりはなくて、

文化に毒されない琉球
の人間が、

どんなに純情であるか
を書いたつもりですか
ら、どうぞ、
そうあわてずに、よく
考へて頂き度いと思ひます。
(抜粋ここまで)


下記は、『婦人公論』編集部の追記


婦人公論六月号掲載
『滅びゆく琉球女の
手記』は現実問題とし
て、同地方人に迷惑を
及ぼすところあるを
め、深く遺憾の意を表
すると共に、
同県人会並びに学生会
の申し出に依り
茲(ここ)にその掲載を
中止す。
婦人公論編輯部




『青い海』転載・掲載
に当たっては、作者の
所在地や現在の姓は伏せることが条件で

なおかつ、
「四十年目の手記」を
同時掲載していただけ
なければ取りやめてほ
しい、という久志さん
の、たっての願いがありました

手記には、幼き日の
故郷の思い出や家族の
こと、ご自身の生き方
などが、ほとばしるように書かれています

(同上 手記の冒頭部分)


(モクセンナ=木旃那  街路にて)


皆さま、こんにちは
ご無沙汰致しました

今回の花は街路樹から

鮮やかな桃色の
トックリキワタの花は

遠目には桜に見える
ので"南米桜"とも呼ばれています

アオイ科の落葉高木

ボリビアでは、"トボロチ"と言うそうです


モクセンナは、
いつも利用するバス停に咲いています
英名・スクランブルエッグとか
熱帯アジア原産、マメ科



我が家のマリン、
お陰様で元気です
猫背ですねえ 笑


3月頃の、外暮らし時代の画像がありました


ご飯を下さる方のアパ
ートのドア前で眠りな
がら帰りを待っている
ところ

暖かい日だったかしら


夜の窓辺に、ヤモリ
ちゃんが出没して

マリンは姿を消すまで
ずっと見ています


(まじめ顔 笑)

沖縄の海に、
小笠原諸島の海底火山
噴火で噴出した"軽石"が漂着

生き物たちや漁業、
船舶に被害が出ています

軽石は、黒潮に乗って、伊豆諸島に行くようですね

皆さま、
お身体を一番大切に!
お元気でありますよう

ご訪問、有り難うございました

ゆっくりのお訪ねになると思います
ご了承下さいませ

庭の草木花シリーズ2
(玄関 レモングラスとショウジョウソウ 笑)