(花の名前は不明 )


前回のブログで、
少しご紹介した


ロジャー・パルバースさんの
宮沢賢治に関する寄稿文(評価)に
感銘を受け


パルバースさんの講演などを
YouTubeで拝見してみました



その中で、宮沢賢治の
「フランドン農学校の豚」


という作品がチラリと紹介されて
いたので

さっそく「青空文庫」で
読んでみました


(上記の花が終わると、可愛いタネの袋ができます)

この作品は、

人間の言葉がわかる?
一匹の豚が主人公です


農学校で飼育されている、
その豚が

屠殺されるまでの様子が
描かれています


物語を見ていきます


この作品には
思いがけない仕掛けが
ありました


それは、豚が殺される予定の
前の月に

「家畜撲殺同意調印法」
という布告が出されると
いうもの

  
家畜を「撲殺する」ときには、
その家畜から
「死亡承諾書」をもらうこと

その証書には
家畜の調印が必要である、

といった内容です


つまり、殺される側の動物の
"押印"のついた"承諾書"が
必要になったのです



豚の"承諾印"を
貰う役目は、校長です


彼は、話を切り出しかねて

最初はゆるゆると
豚のご機嫌うかがいをします
(校長と豚は、会話します)


豚は、それ以前から

食べ物のかたまりのなかに
「歯磨楊子」があり
その毛にザワザワしていたし


教師に、自分の身体をじっと
厳しい視線で見られて
いたたまれない気分でした


さらに、
教官や助手の不穏な会話
(部屋中、暗くしないと脂が
のらないとか、
亜麻仁油を置け、とか) や


学生たちの無神経な会話
(その日が楽しみだ!など)
を耳にしたりして


これから自分に何かが
おこる予感に、気分が塞いで
いたのです


ある日、
校長は、とうとう切り出します


"この世界に生きているものは
みんな、いずれ死ぬんだ"

"お前をずいぶん大事に育てて
やったじゃないか"

"お前は死ななきゃいけないんだ
から、この紙に爪印を押してくれ"


というような恩着せや、
説得を行いましたが


豚は、はっきりとはわからない
ながらも

いやです、と泣き叫びます


しかし、屠殺予定も迫り
校長も、しびれを切らして
かなり豚を脅したので

豚は追い込まれ


ある日、とうとう
悲しみの、"爪印"を
押してしまうのです


"死亡"というのは
どんなことだろうと


豚は、ますます恐怖におびえ
すっかり痩せてしまいます


それから豚は、
肥えさせられるために

身体を拘束され

ノドに管を通され
食べ物を押し込まれるなどの

「強制肥育」をさせられるのです


飼われている一匹の豚への

農学校の教官や助手、
学生たちの非情な視線、対応を
感じとる豚の、

苦悩や恐怖の心情が
せつせつと語られ

胸にこたえます


最後には
作者・賢治も、あまりに可哀想で
これ以上は書けないと、
筆をおきました


この作品は
賢治からの、"贈り物"だと
感じます


賢治は、豚に寄り添い
その心象を思い描いて

私たちに見せてくれました


賢治は、1933年(昭和8)に
37歳で病没していますが、


"動物虐待"を、

作品として書いた
はじめての人、だという


パルバースさんの言葉が
理解できます


豚が、屠殺されたあとの描写には

食用動物の悲しみと、
動物への慈しみを感じます


また、人間を含めた
抗いようのない、死の、
"そのとき"が


森羅万象の日常のなかに
あるのだということにも

改めて気付かされます


最後の部分を引用します

(下記引用は、改行・行アケしました。)


...とにかく豚はすぐあとで、
からだを八つに分解されて、

厩舎のうしろに積み上げられた。

雪のなかに一晩、漬けられた。

さて、大学生諸君、

その晩 空はよく晴れて

金牛宮もきらめき出し、

二十四日の銀の角、
冷たく光る弦月が、

青白い水銀の光を、
そこらの雲にそそぎかけ、

そのつめたい白い雪のなか、


戦場の墓地のように
積み上げられた雪の底に、

豚は、きれいに洗われて、
八切れになって
埋(うず)まった。

月は黙って過ぎて行く。
夜は、いよいよ冴えたのだ。


改行して、読んでみると


死の様相が、叙事詩のように
感じられます


胸が、つーんとしてきます


悲しみの思いに
さまよいながら

死をむかえた豚


厳粛な、ひとつの、死


賢治が教鞭をとった農学校でも


収穫祭には、育てた豚の
屠殺が行われたようです


賢治の作品は
生前には、わずかしか発表されて
いないようです


この作品も死後の発表で

さらに、最初の何枚か?は
原稿がないようです



さて、パルバースさんの寄稿文で

賢治が、21歳で菜食主義者に
なったと知りました


実は、前回のブログでは
長くなるのをおそれ

「菜食主義の方法」を省き、
片手落ちになりました


賢治の、菜食主義者としての
ありようにも感じられたので

ここに、引用して補足します


実行方法は、3つに分類されて
記述されています

1.動物質のものをまったく
食べてはいけないという考え

2.チーズやミルク、卵などの
動物の命を取らないものは
差し支えない、という考え

3.(主人公の私が属する考え)
いくら物の命をとらない、
自分ばかりさっぱりしていると
云ったところで、

実際にほかの動物が辛くては、
何にもならない、

結局はほかの動物がかあいそう
だから食べないのだ、

小さな小さなことまでーー
吟味して大へんな手数をしたり、
ほかの人にまで迷惑をかけたり、
そんなにまでしなくてもいい、

もしたくさんのいのちの為に、
どうしても一つのいのちが
入用なときは、仕方ないから
泣きながらでも食べていい、

そのかわりもしその一人が
自分になった場合でも敢えて
避けないとこう云うのです。

けれどもそんな非常の場合は、
実に実に少いから、....(略)
なるべく植物をとり、
動物を殺さないようにしなければ
ならない、

くれぐれも自分一人気持ちを
さっぱりすることにばかりかかわって、
大切の精神を忘れてはいけない。
(青文字は引用)


私が大切な示唆を受けた
パルバースさんについても、
ご紹介したかったのですが、
またの機会に致します



(2021-8  マリンの食草、レモングラスの若葉の前で)


皆さま、こんにちは。   

マリンは、お陰様で、
暑さ寒さのほどよい気候の中で
元気に過ごしています。


マリンからの話しかけが
増えたように感じています。



生まれてから1年半と
推測して

青年期に入りかけて
いるのでしょうね。


さて、マリンは"小顔"ですが、

実は、お腹がタプタプです。


体重も、来たときより
1.2キロほど増え、5キロ。



まだまだ高いところに
登れますので

この辺りがちょうどいいかなと
思っています。





お腹のタプタプは大丈夫かしら?
と思っていた頃


ある記事に出会い
ちょっと安心しました。


猫ちゃんのタプタプのお腹は、
 
原始的な袋
(プライモーディアルポーチ)とか
ルーズスキン
というそうですね。

存在理由は諸説あるようです。

"野生の片りん残す皮膚"という
記事が気に入りました。


(タイムス住宅新聞、田場正親さん執筆 2021-7-16)

マーリンには、
とても野生を感じます。


紐遊びのときに
取られた紐を取ろうとすると
本気の唸り声がでたりします。

隠れんぼ(身を隠す技)や
爪とぎ、身体のメンテなど、

いつでも"狩り"の準備を
しているように見えます。


さて、緊急事態宣言も解除になり
芸能公演も再開。

久しぶりのアナウンスの仕事が
ありました。


稽古やリハの立ち合い、
原稿づくり、などをへて
本番に臨みます。


いつもの日常が
戻ってきた感じがします。


日々、お仏壇に祈ります。


日々の祈りの言葉は
"言霊"。

北海道の"イケメン柴犬ギンタ"
さんからも、
言霊が届きます。

私も、ブログの挨拶には
言霊を込めています。

どうか、皆さまに
届きますように。

転ばないようにして下さいね!

今日、家を出た方が
無事に家に戻れますように!


最近、米国で「豚の腎臓を人間に
移植する手術に初成功」

というニュースに接し、
衝撃を受けました。
様々なことが頭の中で
駆けめぐりました。

今日も、
お訪ね、有り難うございました。
ご訪問の遅れ、ご了承下さいませ。

(2021-10-31  玄関に緑の枝を飾ってみました。 "南天")
庭の草木花シリーズ1(タイトルは後日、追加)