私は
プチプチと勢いよく
肥えた方を見ると

男女を問わず
触れてみたくなる


かの岡本かの子さんが
目の前にいらしたら

貧弱な身体つきの私は

やはり触れてみたく
なったに違いない

(岡本かの子肖像 『岡本かの子全集』第1巻』より)


先日
岡本かの子の「健康三題」
と題する超・短編を
読みました


「はつ湯」
「春の濱別荘」
「ゆき子へ」

この三題は、健康という大枠でくくられ
"生命の気"という一本の線で繋がっています
主人公は、女性作家です

(「 」は引用。現代仮名等に変更、改行を施した所もあります)



「はつ湯」では

どことなく"生気のない"
とある娘との短い関わりが
温泉宿を舞台に描かれています


原稿を予定通りに書き上げ
た主人公が宿の温泉に入っ
ていると

その娘は

「なよなよと湯を掻き分け
て来て、悪びれもせず」言
うのです


「お姉さまの、お胸の肉付
のいいところを、あたくし
に平手でぺちゃぺちゃと叩
かして下さらない?どんな
に気持ちいいでしょう」


主人公の作家は

この娘の願いを、特別
不思議なものと思わず

「生命の気」ということば
で、その情感を表します


「消えそうな少女は私の旺
盛な生命の気に触れたがっ
ているのだ。私は憐み深く
胸を出してやる」



次の「春の濱別荘」

熱海の温泉に滞在中に知り
合った中年の夫婦から、
主人公は、その気性を
見染められ


自分の別荘に寄って、娘と
少し一緒に暮らしてほしい
と頼まれます


娘に、主人公のような気性
を写しておきたいというの
が、その理由です


その娘は、数えで16
しかし、12か13くらいに
しか見えず


「脾弱な胴に結んだ帯が
ともすればずり落ちるほど
腰の肉など」ないような身
体つきで、


「瞳だけが吸い付くように
何物をか嗅ぎ求めて」いる
ふう


娘は一日中、主人公の姿を
「まじまじと」見ています


主人公は、ダルクローズと
いう舞踊体操に凝っていて
仕事に疲れると、トレーニ
ングをするのですが

その姿を見る娘の瞳は、
「燃ゆるよう」で、


「健康なものを見て、眼か
ら生気を吸い込もうとする
衰亡の人間の必死の本能だ
った」


娘は、主人公に問います


「わたくし いつお姉さま
のように活き活きした女に
なって、恋が出来るのでし
ょうか」


主人公は答えます


「ばか、恋は...かれこれ考
えるものじゃないよ。」

「自分の事ばかり気苦労し
てないで、向うをご覧。
海があるだろう。富士があ
るだろう。春じゃないか」


その娘は、それから
3年ほどして結婚し

「今は憎らしいほど丸々肥
って子供の2、3人も出来た」


三つ目の「ゆき子へ」は
手紙文です


幸せな結婚生活をしている
かつて世話した娘への返信
の形をとっています


回想の形をとりながら
作家は書きます


「あなたの身体は紙差のよ
うによじれていた」し、


自分は恋ができるかと心配
そうにいっていたから、


「私は歯痒くて堪らなくな
って私の健康さを見せびら
かし、私の強いいのちの力
を...あなたの耳から吹きこ
んでやった」

「そのせいか、あなたは...
一人前の女になった」

「もうそれで好い。それ以
上、私はあなたに望まれ度
くない」


そして、続く文は
かの子の、真骨頂か


「あなたは私が...さぞ寂し
かろうと同情する。よして
お呉れ、...

一人、私は自分の軀を抱く、

張り切る力で仕事のことを
考える。
自分の価値につくづくうた
れる。

.....

自分の生命力を現実的に
はっきり意識しながら

好んで自分を孤独に置く

この孤独は豪華な
ぜいたくなものなのだよ。

もう判ったか、ゆき子。...


もう私をなつかしがる手紙
など書くな、
お前の良人(おっと)に没頭
するのだ」


良人に没頭とは
目の前の大事に
心を注げ、ということか


強い生命力の自覚と
対のようにある孤独


やはり、かの子ならではの
筆致だと

つくづく、しびれます


生きる"気"の備(そな)わい

かの子のことばを
真似すれば

お日さんが
出ているじゃないか

花が咲いて、

鳥も鳴いているじゃないか

....

辛いときには
なかなかそのように
ならないことを
承知の上で


そんな物言いで自分を鼓舞
し、救ってみたい春です


岡本かの子は、その
溢れる"気"ゆえに
苦悩も深かったように
思います


その人生において
哀しみをなだめきれずに
身悶えした日がいくたびも
あったと思います


私の好きな、かの子の歌

淋しさに鏡にむかひ前髪に
櫛をあつればあふるる涙
(歌集『かろきねたみ』より)



庭に咲く、小さき花の
美しき
時をたがわず
リュウキュウコスミレ(琉球小菫)
今年も春を彩る