愛犬がまだ元気だったころ

散歩をしていると
自転車に乗ったお爺さんが
わざわざ自転車から降りて


「戦争中に、そんな犬、食べましたよ」とおっしゃる


年齢をお尋ねすると
80代だとのこと


「ごめんね、こんな話して。見ると思い出すのよ。ちょうどそんな犬だったから」


戦争中は10歳未満だったろうか


地上戦が行われた
この島の住民の戦記を

数々読んできたが
犬を食べた話は

初めて聞く体験談だった

そのお爺さんとは
二度出会ったが

二度とも同じ話を
されたのだった


しゃべらずにはおられない
問わず語り

小さな澱(おり)が心の底に溜まっていたのかもしれない


最近
太宰治の「畜犬談」と
林芙美子の「美しい犬」を
ネットの青空文庫で読んだ


二人とも好きな作家である


太宰の短編は

一匹の犬との、心の格闘が
太宰らしい観察眼(筆致)で書かれてある

犬の心理を探ろうとして
ときに滑稽だったり

複雑な心境になった
描写もあったが

末尾でやっと「救い」のようなものを感じることができた




芙美子の短編は

戦中戦後の別荘地での
一匹の犬の行く末を描いたもの




アメリカ人に飼われていた
犬が、飼い主の帰郷に伴い

別の人に金銭付きで譲られ
るが、犬はそこを逃げだし

主のいない元の別荘に戻り
別の外国人に飼われたあと
また捨てられて

最初の主を求めてさまよい

最後は力尽き、ひっそりと
亡くなるというもの


野良として生きる犬の
過酷な状況が

野尻湖畔の別荘地の
冬の情景のなかで
描かれている


落ち着いた文体で

一匹の犬のいきざまに心が
寄せてあり、いい作品だと
思った


痩せ衰えてきた犬が

元の飼い主との幸せだった
思い出に浸る場面は悲しい


犬は、どうして自分が
捨てられたのか
わからない


その気持ちは

置き去りにされたり
捨てられたりした
犬たちの胸中を代弁しているかのよう


犬や猫は

出会いの「"初めまして"の行動はしても」

別れ・さよならの概念がなく「"バイバイ"はしない」と語る

比較認知科学の研究者・黒島妃香さんのインタビュー記事を思い出した(2019-9-20 沖縄タイムス)


今に伝えられる忠犬ハチ公
なども、深く突き詰めると
そうしたことに繋がるのだろうか


出会いは永遠に
いのち果つるまで
いや、空にかえってもなお


タイトルの、美しい犬とは

永遠に信じてさまよう姿に
感じた哀しい美しさではな
かったか


太宰の作品は昭和14年発表
山梨・甲府が舞台

芙美子のは昭和22年に発表

当時の犬たちの置かれた状況の一端を知ることができる



ご無沙汰しています
今日もご訪問、有り難うございました

また3月中旬まで少し忙しくなりそうです

庭のヒカンザクラは
葉桜になり
淡い緑が美しいです

小さなサクランボが
できています

2月は愛犬が亡くなった月
一緒に見つめたツバキも
終わりごろとなりました

いつ見てもかわいい
ルルちゃんです(再掲)