何をふところに抱えて
生きているかって


ふところの中に
何が入っているかって


何かに触れた時にしか
気づけない


そんな気がする、このごろです


冬になると
思い出すコラムがあります


歴史家・色川大吉さんの
「寒く静かな夜」


冬の日の人々の
つつましやかな暮らしが
浮かぶような内容です


ことばの向こうから
たちのぼる風景


読んでいると


誘われるように

わたしの
懐かしい景色も
浮かんできます




冬の夜行列車で

出稼ぎ帰りの人たちと
ひとつ座席に休んだり


あるいは
通路にありあわせのものを敷き
コップ酒に干物の人もいて


いつのまにか
匂いに同化しながら


ひと夜を共に、過ごす


1970年代


上野発の
青森行きの夜行列車に
乗った時代


自由席
だいたい行けば
乗れる列車


8時間ほどの、夜の旅


そこには、気持ちを
許せる空間があった


あの人も、この人も


故郷行きの
カマリ(香り、匂い)


同じ都会のあちこちに
こんなにたくさんの人たちが


故郷を出て
暮らしていたのだと、と


親しく距離が、ちぢまって


こうして列車に集合してみると


頑張ってきた気迫が

とろけてくる


そんな人々を乗せて


故郷に向けて
この列車は
夜を駆けていくのです


一ノ関(いちのせきー)
花巻(はな・まきー)


車掌さんの
慣れたアナウンス


どこかをちぢめて
どこかを伸ばす
独特のリズム


さらにいくつかの駅を
過ぎ


やがて列車は
早朝の八戸に着く


息を吸い込むと


いっぺんに
風の冷たい故郷を
感じる


つい連想した
冬の日です



色川大吉さんは


埋もれている
庶民の素朴な思いや
渾身のいきざまを


「自分史」という領域に
仕立てあげた


(色川さん以前に
「ふだん記」運動を実践・提唱した橋本義夫さんがおられます)


文字の書けない人たちも
夜間中学に通い
文字を綴ったと

読んだ記憶がある


その喜びは、はかり知れない


民衆史の価値に
励まされた人々も多い


いま
わたしたちは気軽に
文字をつづり、語りかけるが


わずか30年ほど前までは


自分のことを記し
世に送り出すことは


そう簡単なことでは
なかった


色川さんの
専門領域には不案内だけれど


その眼差しに
温かさを、親しみを
感じてきた


このコラムの世界に
ひたると


森進一さんの「襟裳岬」や
吉田拓郎さんの「落陽」など


北国を舞台にした
人生歌が
聞こえてくるようです


書いているうちに
「生まれ出ずる悩み」(有島武郎)の

北海道・岩内の画家も
浮かんできました

この小説のモデルとなったのは
画家・木田金次郎さんです




さて、ずいぶん長い前置きに
なりました


私の一番古い
切り抜きかもしれません


変色し、おまけに
テープで止めてあります 笑


コラムの後段を
部分的に抜粋してみます
(読みやすいように改行しました)


日本列島は深く長い。

深い雪の下で、重さを耐える家の黒い梁(はり)のように、息子を都会に送ったわが友たちは黙々と生きる。

その一人は、雪はこんこんと降る、降ってやまないのです、と知らせてくる。

南北に二千キロ、日本列島は長い。

先日与那国島から帰った若い友は(略)、海洋博後の暗澹(あんたん)たる沖縄の気配を伝えてくれた。


五島列島の離れ小島で今日も櫓(ろ)をこぎながら行商に通っているはずの女の友。

こうした友がいて心が結ばれているという実存感が、あやうい自分の生活感覚の崩壊を救ってくれている。





わたしは、ここ最近
凍れる(しばれる)夜を
思い


開頭手術をした姉の、傷口の
冷たい痛みを思う


また
凍てつく寒さに
これ以上の暖を、望むすべなく

じっと耐え忍ぶ生き物たちに
幸の兆しあれ、と祈る

飢えと寒さの限界が
こだまとなれば

進化はゆるやかに
訪れるだろうか



皆さま
ご訪問、有り難うございます

自戒を込めて
年末までは、油断禁物!

転んだり怪我をしたりしないように暮らせますように

庭の花は、つわぶき、です


⭐️関連書籍⭐️

(沖縄タイムス社 1987-4-26発行 上間常道著)

(同上)