日本復帰を目前に控えた
1971(昭和46)年の
オキナワ


米軍が
知花弾薬庫(基地)の中にある
レッド・ハット・エリアに


極秘で
貯蔵していた《毒ガス兵器》を


島外に移送する作業が
行われました


かねてから噂されていた
毒ガスの存在は


『ウォール・ストリート・ジャー
ナル』紙が報じたオキナワの
毒ガス漏れ事故のニュース
(1969.7.18 AP共同電)によって
明らかにされました


移送先は
紆余曲折を経て


北太平洋にある米国領
ジョンストン島に決定


毒ガス移送は
「レッドハット作戦(作業)」
(Operation Red Hat)
と呼ばれ


7月19日から9月10日まで
行われました
(台風などでの中断あり)


毒ガスの量は

大城博氏
『ドキュメント毒ガス撤去作戦』
(岩波書店『世界』1971.11)に
よれば



実数で13.243トン
大型トレーラー1.328台分



移送時の記録写真です
(『あんやたん-沖縄、写真が語る50年』沖縄タイムス社 1995)  


表題の「あんやたん」とは
ああ、そうだったね、という
意味の沖縄語


関連参考記事
(沖縄タイムス 1982.3.8紙面)


毒ガス移送については
これまでも
何度か記録を目にしてきた
のですが


動物に関心を抱くように
なって...


あらためて
記憶のかなたから
呼びよせられたのは


毒ガス漏れを検知するために
ウサギが
利用されたことです


レッド・ハット・エリアでは
ウサギを飼っていました


上記の大城博氏によれば


「ガス漏れに
もっとも鋭敏に反応するのは
ウサギだといわれ」ていました


ガス探知の機器では
0.3ミリ以下の揮発ガスは
探知できず


0.1ミリでも反応する!という
ウサギが重宝されたのです


もちろん、移送の際も
ウサギは同行させられました


Wikipediaによれば


2019年
かつての毒ガス漏出事故の際
被害にあった元米兵の証言として


何百というウサギが
殺されてしまったそうです


専門の機器よりも
すぐれた嗅覚を持つがために


生存のために備わった
その才能を
人間に知られたばかりに


犠牲になったウサギさんの
受難


ウサギの島として知られる
広島県・大久野島は


旧日本陸軍の
毒ガス兵器製造所が
あった場所


詳しくはわかりませんが


毒ガス兵器の歴史には、やはり
ウサギの存在が
つながるような気がします


危険物のあるところには
動物が飼われている、とは


米軍基地を身近で見てきた
オキナワの農夫の方の
さりげないことば、です


この図鑑も見てみました
(『ふしぎ!なぜ?大図鑑』1990 主婦と生活社)

上記には
嗅覚のことは触れられていません


嗅覚に触れた他の資料でも
わたしが知る限りですが


0.1ミリの揮発性ガスに
反応することまでは
もちろん書いてありません


《軍事》にかかわる研究利用が
いつでも最先端にあることに


逆に
気づかされますね



なお、1971年6月放映の
「帰ってきたウルトラマン-
第11話〈毒ガス怪獣出現〉」は


沖縄のウルトラマン脚本家として
知られる金城哲夫さんが


この毒ガス移送作戦を念頭に
書いた作品だということです



最後に
荒川のシカ・ケープくん

市原ぞうの国のツィッターから



元気そうです!


さて
ため息つきながら思うことは
人間が、ただただ
世界を恐ろしいものに
しているということ


動物たちへの意識を
深めていきたい
自分なりに、模索の日々です


長くなったので、庭の花の写真
休みました。お元気で!