画家・岡本太郎の母
歌人で作家の、岡本かの子


資料によれば


思い切った断髪で
化粧は
分厚く白塗り


ずんぐりだったと
いわれる容姿


ゴテゴテの洋装趣味
自己愛に満ちた人



お嬢様育ちで

家事、育児は
できなかったと言われる


小説を書くとき


かの子は
甘えてくる、小さな太郎を
へこ帯でタンスにくくりつけ
(柱にくくりつけた、との説も)


執筆に集中したことも
あったらしい



微笑



芸術は爆発だ!と
叫びのような顔を
した人、岡本太郎だが


わたしには


日本復帰前の

オキナワ・久高島の
聖なる祈りの場"ウタキ"を
訪れ


ただ、木が
はえていて

石があるだけの
その場所に 


「何にもないことの眩暈(めまい)」
と感得した人として
印象ぶかい


1983年、岡本太郎が
オキナワで講演したときにも
そのことについて
語っている
 (『新沖縄文学』58号所収)




さて
その母、かの子である


独自の世界観
自由奔放といわれる


わたしの、かの子像は


多分に

瀬戸内晴美(寂聴)の
かの子伝『かの子撩乱』からの

影響が大きいと思う





いのち、を喰う(いただく)
いとなみの


根源が感じられる
かの子の「家霊」を


数十年ぶりに
再読してみた


とある、どじょう店を
舞台にした
短い作品である



表現に無駄がなく
細やかなこと


どじょう店の湯気や

商い(あきない)の様子が
見えてくるようであり


登場人物の息づかいが
眼前にあらわれる
ようである


店の帳場には


病身の母親の
かわりに
娘の、くめ子が座っている


ひと椀のどじょう汁を

乞い願い


店にやってくる
徳永という老人


若い頃と違って
もはや
収入のアテのない

彫金職人である


ツケも
たまりに溜まっている


ある風の吹く夜、徳永は
「そっと潜り戸を開けて入ってきた」


疎(うと)まれていることは
百も承知なのだが


やはり今夜も
どじょう汁で一晩を
しのぎたいのである


店の者の
冷たいあしらいを尻目に



微(び)にいり
細(さい)にわたり


彫金師として
片切彫の
いのち削るほどの格闘を
かきくどき


どじょう汁でつないできた
人生を語る、徳永


「食われる小魚も可哀そうになれば、食うわしも可哀そうだ。誰も彼もいじらしい...」



若い、くめ子は


かつては
「椎の若葉の匂いにも気分が悪く
なる」ような娘だった


精を求めて
いのちをつなぎに来る客や
食べ物にくらいつく様子に


いくばくかの嫌悪感さえ
あったのだが


たゆとうなかに

ひとすじの味わいを残す
若い時分の徳永の
思い出話に


母親との交流のあわいを
感じ取り

いつしか
胸に染み込ませていく


若い頃の母親は


徳永にいつでも
遠慮なく、どじょう汁を
食べさせ


そのかわり

いのちの彫り物が
できたら、それをお呉れ

というような

情けの深い女であった



「(わしは)若いおかみさんが、
生埋めになっていくのを見兼ねた。

正直のところ、(帳場の)窓の外へ強引に連れ出そうかと思ったことも一度ならずあった。...」


「せめて、いのちの息吹きを、回春の力を、わしはわしの芸によって、この(帳場の)窓から、だんだん化石して行くおかみさんに差入れたいと思った。...」


身体も弱り、もはや
仕事への気力もなくした
徳永老人は


「....ただただ永年夜食として食べ慣れたどぜう汁と飯一椀、わしはこれを摂らんと冬のひと夜を凌ぎ兼ねます。 

...あなたが、おかみさんの娘ですなら、今夜も、あの細い小魚を五六ぴき恵んで頂きたい。

...今夜一夜は、あの小魚のいのちをぽりぽりわしの骨の髄に噛みこんで生き伸びたい」


.....



母親に感じた人生が嫌で

女学校を出て、3年ばかり
都会で暮らし
「蝶々のように」飛び回り
少し、虚しくなって...


「えへへん」という感じで
実家に戻ってきた、くめ子は
 

こんどは
「あまり嫌がらないで」
帳場に座っている


この店を守っていくことに
なる娘に


母親は

家職を継いできた
三代にわたる女系について
問わず語りに語りかける


「妙だね、この家は、おかみさんに
なるものは代々亭主に放蕩されるんだがね。.... 

だが、そこをじっと辛抱してお帳場に齧(かじ)りついていると、

どうにか暖簾もかけ続けていけるし、それとまた妙なもので、

誰か、いのちを籠めて慰めて呉れるものができるんだね。

だからおまえにも若(も)しそんなことがあっても決して落胆おしでないよ。...」


不治の病と宣告されている
病床の母親は


「これだけがほんとに私が貰ったものだよ」と箱を揺らして


「徳永老人が命をこめて彫ったと
いう沢山の金銀簪の音」を聞いて


「"ほほほほ"と含み笑いの
声を立てた」


人生に寄り添って
支えとなってくれたものへの
愛おしさ


今夜も、くめ子は


徳永老人に
どじょう汁とご飯を
ひと椀、差し出すのである

(カッコは引用、改行、行アケしました)


(この巻しか手元にありません。この巻には「家霊」が入ってなく、今回は青空文庫で再読しました)




人生を凝縮して見せた
佳品「家霊」


生(せい)のなかに
憂い、を嗅ぎとりながらも


明るく軽やかに
人生を渡っていけそうな
くめ子


そんな気がしてくる
読後です



今日の、締めに

徳永老人の仕事と
関係するやも、と思い

銀細工の房指輪をアップ
してみました


琉球古典舞踊を踊るときに
舞踊家の指に
揺れる、房指輪です


その昔
士族層の婚礼指輪であった
ようです


吉兆の意味を持つ七つの房が
ついていて

房に描かれているのは
魚、ザクロ、扇、花、桃、
蝶、葉
(それぞれの意味は省略)


写真は、このたび88歳を
めでたく迎えられた先輩が
歯科技工士の傍ら
1960年代に製作した作品です
(写りが悪いです)




材料には、当時、流通していた
米ドル50セント銀貨を
溶かして使用


房指輪、素敵で憧れます



皆さま
とうとう12月ですね!

最近、目にした下の記事
読んで


いのちと食に
ついて思いめぐらし
書いてみました


南国にも、師走の
冷たい風が吹く
今日この頃です


お訪ねいただき
有難うございました

年内にまたお目にかかりたい
です。お元気で。


(沖縄タイムス紙)