いつのまにか
生まれ


生きていた


それは
意識せずとも


しぜんに
叶ってきた人生でした


親しい人の死も
やわらぎ


出会ったり
別れたり


長い年月のなかの


苦しみも
分かれ道の日も


遠い記憶に
しずむように...



まだ、うずくのは


ささいなことで
母を
悲しませた13歳の
あの日のこと



切なさは
ふかい記憶となるので
しょうか





多くを忘れてしまった
けれど


その時々に
助けられ


いまがあるのです




どこででも
生きていけるという
自信のようなものが
わたしには  

ありました



オタマジャクシの育つ水を
いただいて 飲み

育ったわたしです


あの日から


ずいぶんと時が
たちました


湧き水を汲み


バケツに  大きな葉で
フタをして

母と 運んだ道


山ぶどうが 熟れていた
その山道を


起点にして


わたしは歩んできた
のです   






  ー 日差しをまぶしそうに
     みている
     小さい頃の写真

     父と母の間にはさまって
     ただ あるがままの日  ー



北国の風わたる
あの道から

遠くきて


いま 

南国の7月
陽炎わきたつような 熱射の
道に立ち


『居酒屋』の女主人公
ジェルヴェーズのように



振り向いてみます



昼のセミが

しずかに 光と溶けあって
鳴いているのが


聞こえてくる
道です




(メモ: エミール・ゾラ
『居酒屋』を再読した日に 7-2)





追記🌟

昨日はお騒がせしました  凹

あたたかいコメントやご訪問
有難うございました  嬉

予定していた記事...

気分が乗らないため
書きとめた別のメモをアップ
しました  汗