この写真


1989年8月

思い出の1枚



3人の姿を
感じることが
できるので好きです



わたしと


わたしを
写してくれている
坊ちゃんと


その2人を

写してくれているのが



姿は見えないけれど

徳之島出身の
坊ちゃんパパ



れっきとした
仕事旅でしたが



任務を終えてからは
自由になりました



もうひとりの同行者
大学の先生と



4人の

珍道中みたいに
なりました  笑


はじめての奄美は


なんだか

懐かしさに
溢れていました




旅の終わりに

是非とも


請島・与路島を
見せたいと


(島の名前は、略して
うけ・よろ、と
言っていました)



坊ちゃんパパが

案内してくれました

 



真昼の
数時間だけの上陸


海のなかに
浮かぶ小さな島


時間がとまって
いるような 
感じでした



船を出してくれたのは


たぶん
名瀬の夜に


一緒に島唄を
たのしんだ方だったと
思います


船に乗って
風に吹かれて
解放されて...


ただ ただ
島の
たたずまいを感じた
ひととき



いまも

真昼のしずけさが
記憶に


残っています


あのとき

静けさに感じた
寂しさは


なんだったろう



ずっと心の奥まで
辿っていくと


外と
つながりたかった
小さい頃の


自分の気持ちに
通じるのか


では...


無性に
文通がしたかった
小学生のころの


わたしは


寂しさを感じていたのか


外の世界と繋がりたい
という心境は


寂しさゆえ
だったのか



自覚のないまま
生きてきて


たったいま
そんなところに
着地しました 


そんな寂しさの
感覚を



さまよっていたら


思い出したことが
あります


年中
山の中で暮らしていて


盆や正月
母の実家のある村に
明日は行く
という日の 私の心境



明日、死んでもいい
と思うくらいに


嬉しかったこと


何才くらいか


死んでもいい、だなんて


究極の喜びを
表現することば


でも
実際に そう感じたのを

たしかに
はっきり覚えています



......



それにしても
30数年も前のことだから


坊ちゃんも
もう 、オジサンかなー

元気だと
いいなあ


坊ちゃんパパは

熱き心の持ち主でしたが

40代の若さで

あの世の人に
なりました


奄美 徳之島の文化を


出版業を通して 
発信しつづけた方です


坊ちゃんを
旅に連れて歩いたのは

なぜだったのかな


別の旅でも
坊ちゃんと 一緒で


遅くに
授かった子供だったのかな


写真には
見えないけれど


坊ちゃんパパの
息子に寄せる


温かい視線を
感じます


離れ島にわたる日の朝


坊ちゃんは


おねしょ

したんです

たぶん 久々のこと


旅館の方に

パパが お詫びして
お金も渡しました


そんなシーンも
記憶にあります



奄美は
わたしにとって


特別な島です



あらためて

わたしの奄美 を

書ける日が来るかどうか...


なので


奄美を学んだ
大切な本



籾 芳晴
(もみ・よしはる)氏の
碑のある風景

アップして
おきます





皆さま
今日も、お尋ね
有難うございました

お元気で!


わたしは
まだまだ 忙殺されて
いますが



編集している本 2冊
そのうちの

1冊目が完成

肩の荷が 少し
おりました