寺山修司さん


多才   奇才?  


存在そのまんまで
スゴイなあと
思うのです


東京に暮らしていたとき
一度だけ
会いに行きました


渋谷


会いに行ったというのは
寺山さんの芝居を
見に行ったということですが


その人の世界を
感じるために行くという


そんな 意味合い  ね^_^


その人の世界に
ずっぽり埋まりたい、かな



芝居のあと

会場の入り口付近で
役者さんとの撮影があって


寺山さんが

アッ、君も

と言ってくださって

ゴールデンボンバーの
研二さんみたいに^_^

ドーラン? ばっちりの
役者さんと1枚

撮ってもらいました


70年代?
ポラロイド写真です

今なら、チェキ?


その写真

長い年月の間に
私の顔に
シミが入ったり
にじんでしまったけれど


今も手元に  健在^_^


そのときの
寺山さんの早口は


少し、訛っていて
懐かしい感じでした


テレビの競馬解説?も
そんな感じだったかな



同郷感覚って
あるんですよね


そこだけに
依拠するのもどうかと
思いますが...



寺山修司の母
はつ、さんが書いた本
『母の蛍』 
    ー寺山修司のいる風景ー




寺山修司は

しみったれたところが
なくて
(本当は、あるかな)


奇想天外


母はつ、さんは


寺山修司の
表現世界のなかでは


死んだことになっていたり


あるときは娼婦に
させられたり


彼のイメージする
世界のために
七変化? させられています


実母だから
許されたんでしょうね



戦争で早くに亡くなった
父を


アル中にしてみたり


まことしやかに 


虚構の世界に
連れて行かれています



摩訶不思議な世界


人間をコラージュして


真剣な遊びを
しているような感じ




私は
若い頃

寺山さんには
母親の存在が


かさぶた のようにあると
イメージしていたのですが


いまになると
それはないかもと...


若い頃は 


彼のトリックに
完全に
ひっかかってましたね




空想が
空想に終わらない
ところに


寺山さんの才能の
豊かさがあるんでしょうか




母はつ、さんの書いた


『母の蛍』のなかから
エピソードを少し


小さいとき
木の刀が欲しいとねだり
買って貰い


大喜びで隣の子に見せに
行くといって


さっそく
サヤから刀を抜いて 

やあーっと
駆け出したけれど


刀が玄関の戸にぶつかって
根元から折れちゃって.....

(プッ)


二度と刀がほしいと
言わなかったとのこと


わかる気がします^_^

子どもごころ


得意の絶頂で
味わう屈辱?




小さい頃の話を
読むと


やはり変わってるかな


雨傘が
大好きな時期があって


晴れた日でも
毎日、持ち歩いて
近所でも評判だったとか



遊びに行った家に
赤ちゃんがいたらしく
帰ってきてから


よその家では
みんな赤ちゃんを飼って
いるよ


うちでも飼おうよと
言った話!!





グッとくる話も
たくさん詰まっています


母親の慈愛 が感じられて
いい本だなと


再読して思いました


ちっとも
肩肘はったところが
ないの




寺山修司が
高校生くらいの時かな


忙しい母親のために
夕食の準備をしてあげて


それが
辛いみそ汁に
ボロボロのご飯だったと



ある日のこと


家のまわりを掃除して
いたら


「裏の空き地に
ご飯が山のように
捨てて」あって...


きっと
炊くのに失敗して
(電気釜のない時代)


何度もそんなことが
あったんだろうなと
思いを寄せる話とか



幼い頃から
何となく
気位が高かったという話


よその家に行ったとき
その家の母親が


子どもに
バカで  能無しで...... と
叱るのを聞いて


家に帰ってから
真剣な顔をして


「ぼくは絶対
あんな叱り方は
されたくない」


「バカという言葉は
言わないでほしい」と
いったことなど



そんなこんなの
小さい頃の

修ちゃん(母はそう呼ぶ)
の話が とても面白い




新聞連載の自伝抄だった
と思いますが...
(資料が不明で
はっきりしません)



母さん、ぼく
家出のすすめを書いている
んだけど


といったら


ああ、いいね
その時は
母さんも一緒に
行ってあげるからね


^_^



という  作り話?が
書いてあって


たぶん
そのときに ワタシ


寺山修司を
最高に面白い! と感じて
惹かれたと思うんです



この世から消えたいと
飛び降り自殺したら
何かにひっかかって 

逆に世間に注目された話?


さかさまの発想



そして
ステキな言葉が いっぱい


「なみだは にんげんの作る
    一ばん小さな海です」


「猫....多毛症の瞑想家」
「猫....財産のない快楽主義者」とか


宝石箱のような
寺山修司の世界



そして
変ないいかたですが


「寺山修司」は
うまれたときから
誕生している、と

  
感性がフタされることなく
生来の資質と
母の愛を器にして






映画 
ラジオドラマ
シナリオ
芝居
競馬解説

俳句
短歌

才能ありすぎです

作詞では

山羊にひかれて
時には母のない子のように
かもめ


など
カルメン・マキや
浅川マキさんの歌が


寺山修司の作詞だと
いうことを

今回
あらためて 知りました


ご興味のある方
ユーチューブで
聞いてみて下さいね
いい歌です




母はつ、さんが
きっと一番
悲しかったのは


結婚したら同居すると
言ってくれていたのに


お嫁さんの反対で
別居になったこと


信じていた息子に
裏切られた感じに
なって


自分はもう
修ちゃんに必要のない
存在になったと
思うくだり...です



子どもが
有名になっていくなかで
味わう孤独


そして....
母親より先に
逝くなんて....




母親のたっぷりの愛情と

そうであるがゆえに

哀しみの感じられる


ステキな本です








さて
8月頃? のニュース
小畠春夫さんが
発見してくださった

行方不明の
2歳の、りきちゃん

ほんとうに良かった


「ぼく、ここ」


このことば は
忘れがたい です


生きる強さを
持っている子のように 
思えました


寺山さんのことを書いていて
なぜだか
思い浮かびました


志村けんさんの
幼稚園児? の格好も

髪型のせいか
寺山さんを想起させます

^_^





『母の蛍』のなかに


「赤ん坊はいつでも
自分の身につけておくものだ」(つまり、おんぶなどして)

教えられた、と



ともかく  この子は
立派な えらい人に
なるのだから


大事に育てる責任が
あると...


息子に 何かを
感じたんでしょうね.....



資料がさがせないままで
あいまいな記述も
ありますが


間違っていたら
あとで
訂正したいと思います


投稿しますね



皆さま
続けての台風です

大丈夫でありますように!


おまけー!


実は我が家に、チェキ、あります
昨年の忘年会のくじ引きの1等賞! の景品
未使用^_^
海外を旅して、土地の方を撮影したら
その場で差し上げることが
できるから、置いといてと
のたもう人が、約1名 います^_^