(庭にクチナシの花が咲いていました。気づくのが遅すぎ^_^  この花の香りを何と表現すればいいでしょうか...高貴??)


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古いファイルから



1978年(昭和53年)

雑誌「展望」に
掲載されていた
荒川洋治氏の 論稿の
手書きの写しを
見つけました


古くて、懐かしい


ちょうど40年前のこと

こんな文字
書いてましたね ^_^


思い出しました...



気にいった人の文字
真似たんです^_^


いまは
こんなふうじゃないです ^_^


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コピー機が
私には まだ
身近でなかった時代


手書きで写し取ることは

よく ありました


写し書きは
19ページも あり


途中から
文字が乱れまくりです^_^




詩集「水駅」で
H氏賞を受賞(1976年度)して
デビューした
荒川洋治さんの詩に


惹かれていました


日本語の美しさ
ことばの魅力を
存分に味わって


なんて不思議な人だ


たしか
地図の上だけで
イメージを膨らませて
書いたという詩


鮮烈でした


肝心なときに
詩集が 見当たらない^_^




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(アカネ科クチナシ属   毎年、今頃だったのかしら?  2018-4-10)



この論稿の中には


当時の韓国の様子などが
書かれています


ひよわなマッチの軸
かよわい火

割り箸の
うすい包み紙


そんなふうな描写が
見えます


(当時の日本は
環境のことなど
考えずに
贅沢につき進んでいた時代?)



国家のなかの詩人の
位置や
植民地時代のことなど


知りました


ちょっと長いし
文字の乱れがあり
読みにくいと思います


私の好きな詩の部分などを
抜粋して掲載




ご興味のない方は
スルーされて
終わりのほうにどうぞ



1
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2
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則武三雄という詩人のことも
この論稿によって 
知ったのでした


誘(いざな)われる詩です


荒川氏によれば

則武氏は 1909年
鳥取県米子市生まれ
1928年に朝鮮に渡り
平安北道警察部雇員となる
1945年10月
朝鮮の解放を見届けてから
帰国したと


詩人・三好達治や
伊藤静雄とも
交遊があったと




13
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14
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15
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16
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18
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19
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半島の歴史と
日本と...



改めて目を
通してみると
また、新たな発見があって


ちっとも古びていない
論稿だと思います


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松本清張が半島を舞台に
書いた「北の詩人」を
読んだのは
もっと後だったか


実在の人物を
モデルに書かれた
悲劇的な内容です



巨大な
国、権力に翻弄され
つまづき



スパイとなり
生きた詩人



彼を
スパイに仕立て上げていく
その最初の手口は


些細な要求でした


相手の目的は

それに応えていく
行為そのものにあり


そして次第に
がんじがらめに
されていく


郵便ポストに
さりげなく
入れられてある
教会のパンフレット


そのなかに
そっと記された
誘いのことば



教会に出向き

病弱の妻がいた彼は
なかなか手に
入らない手土産を
受け取って...



「北の詩人」も
肝心な時に見当たりません
(記憶を頼りに書いています..) 


.....


半島と、詩、というときに
思い出される小説です


この小説を読んでから


スパイなどと
大袈裟なこと
ではないにしても


会社づとめを
していたときは
大事な情報を取り扱うとき

よく
思い出したものでした




そして...
私は



朝鮮という呼称に
郷愁を覚えるのです


小さい頃

石山の
石灰岩をダンプカーで
はこび
山の子である
わたしをデコボコ道で拾って
乗せてくれた人たち


母が
小学生?の私に
朝鮮の人たちだよと
耳うちしたこと



はじめて
朝鮮ということばに
であったこと



何も知らなかったけれど


直接、口にしてはいけない
こととして


長く、私のなかに
秘密のように
残っていました


母の話が
本当だとしたら
彼らは
私が はじめて 出会った
異国の人



石山の風景と ともに 
彼らの
優しさを思い出します

.....



今日のシメは

お人形

買ったものでなく
いつのまにか
私の手元に..

庭のシダとともに
朝日を浴びて

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もうひとつは^_^

ずっと以前
韓国に旅したとき
市場で買ったもの

雪どけ道の風景は
故郷に似ていました

このソックス
今年の冬もお世話に
なりました^_^

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次回は
もっと短いブログを
目指して!


お読みいただき
有難うございました