夜、書いたものです...


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                         (空き鉢に、小さな花が...)
   


こんばんは

今夜は
思い出ばなしをしてみたいです 



星



高校生になってから
母の実家があるムラに
移り住みました


はじめての
村らしい  ムラの暮らし


実家を取り壊し
その跡地に
母が
家を建てたのでした
母は、その頃には珍しく
女2人姉妹の長女でした


その家に
6つ違いの兄と2人 


私が 上京するまで
暮らしました


兄の食事の世話をして
高校に通う暮らし


世話といっても
簡単^_^で


ムラには魚屋さんと
雑貨屋さんも二軒ありました


週に何度か、朝早く
食材や惣菜を積んだ軽トラの
移動商店もやってきたので


モミジガレイや 
(陽にすかすと、骨の形がわかるくらい薄い
赤ちゃんの手のような
かわいいカレイのことをそう呼んでいました)
ホッケを買ったり
納豆やメカブを買ったり


ご飯を炊き
味噌汁を作り
たいていは、ワカメや菜っ葉を具に
(玉菜、干した大根の葉など。
あッ、ダシは煮干しです)


母の作った塩辛い梅干しと
納豆、漬物、お魚を焼いて...


たぶん
そんな感じの食事だったような
気がします
あまり記憶に残っていません


母からお金を預かってましたが
小説本を買ったり
昼のパンを買ったりして
いつも足りなくなりました


母は、がっかりしたみたいでした
私が、もっと、マデ(節約家) だと
思っていたみたいで


ごめんね、母さん

 

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                                                 (庭の花)

兄とは
前の家で、ほんの少し家族と共に
暮らしたことがあるだけで


はじめは
照れ臭かったような...


少女小説などを読んで
おませだった私は


兄と暮らすことに
あらぬ心配をしたような
気がします


酔った兄が
女の人を
連れてきた時は
ホッとしたり


兄なんだけど
男の人であり
思春期としては
ちょっと複雑だったと思います


若気の 取り越し苦労でした^_^



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                                              (庭の花)


とても 優しい兄です^_^  


今も健在で
その家で  奥さんと暮らしています


孫もできて
きっと幸せです


上京するとき
兄に1つだけお願いをしました


私の大事な思い出箱は
捨てないでね、と


その箱には
その頃、読んでいた
小説ジュニアの
「こころはいつもあなたの隣」
という小説が載った号が
入ってました
あとは何だったか
思い出せません^_^


だいぶ経って
母の見舞いと葬儀で里帰りした時に
捨てました
(見舞いだけして帰るつもりでした。
母が、自分はあと一週間くらいだから
遠いので、行ったり来たりが大変だから
そのまま いるようにと...
本当に、そう なりました)


湿気まみれだったことも
ありますが
脱皮したあとの 抜け殻のように
思えたのだと思います
上京から10年ほどが過ぎていました


兄は 
私の結婚式にも
来てくれました


私の嫁いだ土地を
ずいぶん田舎だと勝手に思い込んで


じっさいに来てみて
開けていたので(都会的で)
ビックリしたみたいでした


風土の違う土地に嫁ぐ私に


嫌なことがあったら
いつでも帰ってきていいからね
部屋は空けておくからね、と
心配して言ってくれました


一緒に暮らしたのは
わずか2年弱だったかもしれませんが
同じ釜のメシを食べたし


何と言っても
兄妹


兄を1人残して
上京することに
悩んだとは思いますが
(記憶が飛んでいます^_^)

 
母も 兄も
気持ちよく、送り出してくれました


祖母に育てられて
やんちゃをした兄が
見込まれて、少し名の知れた会社に
採用が決まったとき


親のように嬉しくて


兄に
早く、優しい嫁さんが来たら
いいな、と
思ったような記憶があります


馬淵川のほとりには
月見草がきれいでした


小さい頃
お盆に連れてきて貰って
コモ(藁でつつんだお供え物)を
流した思い出の 馬淵川
 

小さい頃に住んだ、ヤマの家の側にも
川があったので


いまでも 川の側を通ると
住んで見たいと
思うことがあります


兄の帰りが遅い夜


川辺が見える
部屋の窓を開けて


馬淵川の向こう岸を走る車の
ライトを見ていたことを
覚えています


高校では、口が疲れるほど
おしゃべりで笑い上戸でしたが
家に帰ると しずかな時間がありました


はじめての 新しいきれいな家
深夜放送を聞いて 東京への夢を膨らませ
小説を読んだり、勉強したり
自由で楽しい日々でした


その頃の
母の教えはただ1つ
ムラの人に会ったら
頭を下げて挨拶するように、と
(あんたは、どこの子か、と
よく聞かれました)


母は、たまの休みに
来てくれて
掃除をして帰りました


母は当時、昼の仕事のあと
夜に 小さな飲み屋を開いていて
そこに寝泊まりしてました


新しい家の廊下につけたシャンデリアは
母の好みで
嬉しそうでした


老後をここで暮らすことを
夢みていたと思います


いま、思えば
その頃  母は40代でした