ご存知のとおり、ユリ画伯は「地下鉄小僧」です😁

 

ひとくちに、地下鉄小僧と言っても撮り鉄では無く、駅やトンネルなどの構築物を観察して、1人で喜んでいます。

「歴史は地下にあり」が、私の持論ですよ。

 

さて、日曜日の午後、地下鉄第1号線の西田辺駅で降りました。

 

西田辺駅から我孫子駅までの延伸開業は、昭和35年7月です。

これが、今回の取材の意味を為しますよ。

(画像は毎日新聞Webより無断転載)

 

西田辺駅から暫く歩くと、あびこ筋沿いに長居変電所があります。

これまで、西田辺は何度か取材(仕事中も🤣)しながら、すっかり見落としていました。

存在は知りながらも、目立たない外観ですからね。

通用門横の銘板が外されているのが残念です。

 

8年前に私鉄になったので、外されたと思います。

それにしても、戦後でも反対側からの表記ですね。

昭和20年9月までは、大阪市電気局です。

(画像は無断転載)

 

変電所の前には、大阪市電気局のマンホールです。

新世界の関西線ガード下や、阿倍野でも見られるので、珍しい存在ではありません。

 

先述のとおり、西田辺駅から我孫子駅までの延伸開業は、昭和35年です。

しかし、長居変電所は戦前に建てられていますよ。

昭和27年に旧長居検車場の開設まで、中身は空っぽだったのかは不明ですが。

 

奥に入り口が見えます。

 

裏側に回ります。

手ぶれをやらかしたのが残念ですが。

 

鉄枠にダイヤガラスをパテ止めが良い感じです。

曽根崎変電所と同じく、乗客の目に触れない施設は、原形を保っていますね。

これが駅施設だったら、アルミサッシになっていたと思います。

 

右側が鉄板で塞がれているのは、採光の必要が無い機械室かと思ってしまいます。

 

戦時中は対空迷彩を施したかは分からないです。

当時の西田辺は大阪市の郊外だったので、機材や資料の疎開先に用いられたのでは?と考えています。

一方、杉本町の大阪市立大学では、昭和30年代まで対空迷彩が残っていたそうです。

 

昭和11年の航空写真では、既に長居変電所がありますね。

あびこ筋が建設中で、輪郭となっています。

 

昭和22年の航空写真です。

当初は我孫子駅までの開通は、昭和12年を目指していたので、先行投資ですね。

 

航空写真から長居変電所の位置を探すのは、斜めに通じる阪和電鉄の路線が目印で容易かったですよ。

戦後の昭和27年には、あびこ筋と交差地点に、長居検車場が設けられました。

このときに、長居変電所が本格的に稼働したと思います。

 

昭和27年から35年まで操業していた、旧長居検車場です。

バックに阪和線と、セレッソ大阪の本拠地が見えます。

折しも、世界蹴球大会が開催され、国民の総意の如く盛り上っているようですが、私は観てへんで。

私の関心事は、中東情勢と日経株価やで😜

 

西田辺駅を発車すると、間もなく引込み線を分岐しますよ。

 

長居公園も整備されています。

この日は賑わっていましたよ。