発展著しい阿倍野です。

 

アイドルユリ子も阿倍野を歌っています👧

『世界に向かって 拓けゆく

未来へ走る 大阪で

阿倍野の街も 変わりつつ

それでも残る 思い出が

天王寺駅への 通り道

古きを伝える 阪和商店街~』

 

上町線の軌道が移設され、阿倍野筋が拡幅されました。

昔の阿倍野を知っている人なら、変貌ぶりに驚くでしょうね。

しかし・・・。

 

あべのキューズモールから西へ歩くと、あべのポンテがお出迎えです。

阿倍野再開発事業によって、商店街を集約したつもりです。

 

「つもり」と書いたのは、先ほどの賑わいとは打って変わり、ガランとしています。

 

人影がありません。

 

あべのポンテを過ぎると、あべのマルシェです。

 

やはり、ご覧の有り様ですよ。

商店街と言うより、ただの通路です。

何故かスロープは通行止めですね。

 

再開発のハコモノが破綻と言えば、市電の車庫跡にオープンした、フェスティバルゲートですね。

最後は、ゴーストタウンの様相でした。

小役人どもには、マーケティングの概念が無く、お抱え学者の意見でブッ建てた典型です。

たったの10年で解体で、関西線の車窓からも見苦しい姿が見えたものです。

一方、隣接するスパワールドは純民間資本で、開業時から黒字経営ですよ。

 

「居住地域と店舗の複合型施設で、阿倍野を活性化」と、小役人らしい発想が見え隠れしています。

だが実際は、あべのハルカスとあべのキューズモールが、阿倍野の起爆剤になったで😜

 

ここから西成区です。

押しボタン信号機の横断歩道を渡ると、新開筋商店街です。

あべのマルシェに導線ですが、雰囲気が違いますね。

 

先ほどのハコモノ破綻物件から一転して、昭和感が漂っています。

 

タイル張りの壁面を見ると、戦災を逃れたようにも思えます。

 

電池の自販機も珍しくなりました。

時計の針は、12:21で止まっています。

 

「でんわ・でんぽう」は、高野山で見て以来だと思います。

さすがに赤電話は無かったですが。

 

この先は、ご存知の飛田新地ですよ。

足繁く通うブロ友さんもいるかも😁

彼氏も独身時代、飛田や神戸の福原に行ったと言っていました。

正直でヨロシイ😜

 

古びた銭湯の煙突と、あべのハルカスの対比です。

何だか、富裕層に見下ろされているようです。

 

新開筋に並行するように山王市場がありますが、今回は別のところを回ります。

 

再び、新開筋に戻ります。

1960年代の喫茶店は、カラオケ居酒屋に化けています。

屋号が一致していないのは、各所で見られますよ😁

 

水銀灯の照明に、懐かしい風景です。

10数年前に取材した、玉出商店街にも似ています。

あべのポンテとマルシェみたいに、無理やり再開発して外観だけをきれいにするより、このまま残しても良かったかも知れないです。

「白川の清きに魚も住みかねて、元の濁りの田沼恋しや」

 

地元民相手の飲み屋です🍶

入る勇気はありませんが。

 

突き当たりは、動物園前一番街です。

 

この辺りから、カラオケ居酒屋が増え始めます。

次回に紹介しますが、屋号から何かが伝わりますね🇨🇳